Alice story

私はこの色が一番好きよ。気高く咲き誇る白い薔薇。他の色も綺麗だけど、こんなに鮮やかに咲く花の中で、他の何色も混じらずに真っ白なの。凄いと思わない?

お母様が私の頭を撫でてくれた。

「棘に気をつけなさい」

私は頷いて、邪魔な草を切っていく。

薔薇に囲まれた、この家が好きだった。この時間がずっと続くと思っていた。

私の生まれた日に、祖父が亡くなったらしい。大往生で、とても好かれていた人物だったから、悲しむよりも感謝を伝える人の方が多かった。私は祖父の生まれ変わりとか、彼が残してくれた贈り物だとか、そんな風に呼ばれた。

私が一歳になった日に、母の妹夫婦が事故にあった。偶然にも二回、私の誕生に関わる日に事件が起こってしまった。

それから相次ぐ事故や死が、私のせいだという噂が広がり始めた。悪魔の子、前世で禁忌を犯した、縁起が悪い、そんな子は殺してしまえと、私たちは追放されるように田舎へ逃げた。

慎ましいけど幸せな生活を送っていた。母も父も優しかった。そして私の、六度目の誕生日が訪れる。去年は近所の肉屋が殺された。プレゼントはいらないから、何も起こらないでと星に祈った。悲しいことがない一日が一番嬉しい。

その日、私はずっと家にいた。私の為に出かけた父と母が、帰ってくることはなかった。馬車で轢かれた夫婦がいるという話は、その時は理解できなかった。

知らない大人がやってきて、知らない場所に連れて行かれた。

そこには子供達が集められていた。汚い所だったけど、私もすぐにこの一部になるのだろうと思った。しかし私が想像していたよりも早く、ここから抜け出すことになる。

若い夫婦がやってきた。一人は乱暴で、頭でっかちな男。妻であろう女は興味なさそうに髪をいじっている。

他の子供たちはソワソワしていたけど、選ばれたのは私だった。何をするのか分からなかったけど、バイバイとみんなに言われて、手を振り返した。

それから小屋みたいな家に連れて行かれる。嫌な予感がした。大体こういう予想は当たってしまう。外れて欲しかったのに。

男と妻は喧嘩ばかりで、いつも何か叫んでいた。彼らの言葉は聞いたことがないから、まるで獣が吠えているみたいだ。

女は出て行ってしまった。それに怒った男が、私を突き飛ばして地下に閉じ込めた。

暗くて冷たいそこは、灰色の空間だった。ほとんどに蜘蛛の巣が張っていたので、そこにあるものが何かすら分からない。ここは部屋なんかじゃなかった。

天井のひび割れた隙間から、僅かな光が漏れていた。

何時か分からない時間にコップとパンが投げ込まれ、それを待つだけの日々になった。横になりながら動かずにじっとする。余計なことをしても疲れるだけだ。

男が来ない日が増えた。だんだんと力が抜けていく。死というものを理解し始めたのは、ここからだった。それならもう永遠に眠ってしまいたいと、目を閉じる。

コロンと頰の上に何か落ちてきた。目を開けると、灰色の小さい欠片が乗っていた。ヒビが入っていた壁の一部が壊れたらしい。それを見て、頭に閃きが浮かんだ。

指先しか入らなかった隙間に、落ちていた欠片を当ててみる。石が少し削れた。カッカッと何度か当てると、大きな塊が取れた。ある程度大きくなった穴を見て立ち上がる。

今まで見向きもしなかった、部屋に積んであるものを物色する。虫がたくさん出てきたけど、石の塊を壊すのに役立ちそうな物があった。これだと思う道具は奇跡的に動き出す。そのまま当てると、大きな音を立てて壁は壊れた。

余程音が大きかったのか、足音が近づいてきた。目を丸くして、私がまだ生きていたのかと驚いていたようだった。私も同じことを思った。

悲鳴を上げている男は、やめろとでも言っているのだろうか。ただこれを当てると物は壊れる。それだけ理解していたので、腕を振り上げた。汚い。雨水より汚いかもしれない。しかも嫌な臭いがする。私はこの色が好きじゃない。

飛び出した世界は澄んでいた。空気が爽やかで月が明るい。全てが自分の味方のようだった。草原に飛び出す。足が軽やかだ。くるくると回っていたら煉瓦の道についた。さっきまでとは違う。いい匂いがする。食べ物がある、布がある。

毎日散歩をした。一人で。まるで私が見えていないかのように、町は静かだった。私が食べ物を貰っても、知らない場所で寝てても誰も騒がない。

そんなある日、人を見つけた。倒れている。もう動かないのかと手を持ち上げてみると、ぺしゃっと落ちた。

「……ん……う」

ゆっくりと開かれていった。中から緑色の瞳が現れる。エメラルドのような、綺麗な色だ。彼は仲間だと理解した。

そしてお散歩は二人になり、三人になり、六人になり……。あっという間に仲間が増えていた。

彼らに会って、私は世界を理解したと言えた。だから私が生まれたのは今なんだ。

それから、ここが私のいる場所ではないと気がついた。それに相応しい世界が必要だ。

私は私のやるべきことを、新しい世界を――理解した。

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