勇者様は助けてくれない

@tounoyr

第1話勇者も魔王も金で解決する。

 この勝負、私の勝ちだ。絢爛豪華な客席を見渡して口角を上げる。舞台の上で手足を拘束されたままの状態で両隣に黒服を置いたなんとも危険な場面だというのに私の心は浮き足立っていた。これでやっとあの窮屈で冷たい牢屋から出される。あの人にまた会える。

「次の商品は……数年前まで輝かしい栄光を極めた没落貴族の令嬢、アイリーンです!では200から、始めます」

奴隷市場、バツラム。私はまぁ色々あって奴隷になっている。でもそんな屈辱の日々ももう終わりだ。なんと、客席には勇者様の息がかかった人物しかいない。どの人物に買われたとて最終的には勇者様の元に合流できるのだ。牢屋で聞いた話によると、こうだ。絶対光跡船ラマ。その船に私は現在乗っている。その中で行われる奴隷市場、バツラム。そこに私がいると聞きつけた勇者様は人望と多額の金でバツラムに参加する客を買収した。そしてラマが港に着いた時、私は勇者様に会える。

「400!」

「600!」

値がどんどん上がっていく。きっと勇者様は確実に私を手に入れるため、買収者にはなんらかの褒賞を与えようとも考えているに違いない。きゅっと唇を噛む。私はなんとしてでもこのラマから脱出する。そして勇者様に……また、会うんだ。一緒に、旅をするんだ。

「800!」

「1300!」

野宿なんて最初は嫌だったけれど、モンスターだって怖かったけれど、魔王退治なんて誰か任せればいいだろうと思ったけれど、あの人物を、勇者様に関わっていくたびに、勇者様に近づいていくたびに、その考えは覆っていった。野宿だって、満天の星空を瞳に映すことが出来る。モンスター退治だって、近隣の住民の助けになる。魔王退治だって、この悪がはびこる世界を救うことができる。

「1400!」

「1000000000000」

何か、変な声が耳に入った。

「え、えっと……?」

混乱はバツラムの支配人にも生じているようでがくりと肩が落ちてサスペンダーがずれた。

「1400から、もう一度!」

「1000000000000」

しんと静まり返った会場に低い男性の声がただ一つ、響く。

「ちょっと、ちょっと!!おふざけはやめてください、それでは1400から。もう一度!」

「おい馬鹿!今の声はオーナーの声だぞ!!」

「は?」

仕切りなおそうとするバツラムの支配人をいさめる様に私の隣にいた黒服の1人が叫ぶ。支配人は目をこすって会場の奥の方を見る。私も声の主を確認しようとして目を細めた。会場の1番奥で壁にもたれかかっている黒いマントを羽織った銀髪の男性。彼は無表情にこちらをじっと見つめていた。

「シュヴァルツ様!?な、何を考えているのですか!!おふざけは大概になさってください!!商売の邪魔をなさるおつもりですか!!」

「1000000000000、バツラムは商売もろくに機能しなくなったのか?何が原因だ?人事か?」

「い、いや……そ、その……」

支配人はオーナー、シュヴァルツと呼ばれた男性に責められしどろもどろになる。ちょっと待った。オーナー?オーナーってことはラマのトップだ。客席にも焦りの色が見えてくる。当然だ、トップと言えば勇者様の息がかかっていない。

「シュヴァルツ様、この奴隷にそのようなふざけた大金、はたく価値などないと……思われますが」

「そ、そうよ!!私にそんな価値なんてないわ!!そこの前列に座っている豚が言った1400が妥当よ!!それにオーナーが参加するなんておかしいわ!!」

「お前は黙っていろ!!」

「きゃ!!」

黒服につながれている縄を強く引かれて身体がよろめく。苦しい。でも今はそんなことに意識をもっていっている場合ではない。計画が全て崩れる。私があの銀髪に買われたら勇者様に会えなくなる。勝ち戦だと思っていた戦いがあの男のせいで一気に劣勢に追い込まれる。

「その女は俺が買う。俺の言った金額がおかしいと言うのなら言い値をだせ」

「1000000000000000よ!!!!!その額が出せないのなら諦めなさい!!!私にはそれだけの価値があるわ!!!」

自分でもめちゃくちゃなことを言っている気がする。それに今まで生きてきたなかで一度も言ったことのない数字を言った気がする。きっとこの世の財を掻き集めてでも足りない金額ではないのかと思ってしまう。

「だからお前は黙っていろ!!」

「嫌よ!!黙るくらいならこの場で舌を噛み切って死んでやる!!私は引かないわ!!私を買うのはそこの豚!!オーナーだかなんだか知らないけれどあなたがでる幕はないわ!!」

「だーかーらー!!商品は黙っていろ!!」

「商品は人間なのだから口はあるのは当たり前!!ほら!!支配人、さっさとそこの豚に決めなさい!!私はあの豚の物よ!!1400!!」

私は必死だった。豚と呼んだ人物はというと……うろたえて視線をさまよわせていた。その時、ずっと壁際に立っていた銀髪の男がコツコツと靴音を立てながら、前列に向かって来た。銀髪の男は豚の前で脚を止めるとこちらをちらりと見てからまた豚に向き直る。こちらからは青ざめた豚の顔しか見えない。

「1401」

「……は?」

「お前は?確かに俺の提示した額はおかしかった。だから競りをやり直そうと思ってな。嬢たっての指名だ。お前と俺で競りをしよう。俺は1401を出す」

「……1500」

「1501」

「1600」

「1601」

豚は、私の人生を左右する人間は苦虫を噛み潰したような顔をした。そしてこちらをじっと見つめる。その瞳は悲哀に満ちていた。

「すまんな、嬢ちゃん。……奴との約束は俺には守れそうにない。でもな、大丈夫だ。奴は必ず現れる。必ず、嬢ちゃんを救い出す。奴はそういう奴だ。……この競り、俺はおりる」

「ちょっと待ちなさいよ!!勝手に終わらせないで!!ここをどこだと思ってるの!?絶対光跡船ラマよ?豪華客船よ!?あなたの貯蓄全部出しなさいよ!!」

「悪いが嬢ちゃん、俺は勇者じゃあない。ただの富豪だ。嬢ちゃんがこの船を豪華客船と呼ぶのなら、そのオーナーの懐に客が勝てる訳がない。大丈夫だ、奴を信じて待て」

「くく……はて、先ほどから会話に登場している奴とは誰のことか。1601、これで競りは終わりだ。いいな?支配人」

「は、はい!!」

銀髪の男性は私に背を向けるとそのまま会場を出て行った。私はただ呆然と客席を眺めた。負けた。負けた。負けた。こんなにも味方がいたというのに。誰一人としてこちらを見ようとしない。誰もが私から目を背けていた。だが、その瞬間、銃声がした。3発。耳をつんざくような響きに立ちくらみを覚えながらもなんとか目を開ける。客席の中で1人、フードを被った男性が小銃を構えていた。気付けば両隣に立っていた黒服が床にうずくまっている。うめき声の元をたどるとバツラムの支配人も倒れている。フードを被った男性はこちらまで一目散に駆けて来ると私を縛っていた縄をナイフで切った。

「あ、あなたは……!?」

「もしもの時のために勇者様に雇われた者です。今が、そのもしもの時だと思いましたので動かせていただきました。早く逃げましょう」

「えぇ!!」

私はフードの男性に手を引かれて舞台から降りる。すぐに警備の黒服が動いたが、また銃声が響いて道は勝手に開いていく。客が私達を避けてくれているのだ。形勢逆転、やっぱり味方は多い方がいいのだ。会場を出て赤い柔らかな絨毯の上を走る。

「船首に魔術師がいます。強行突破となりますがドラゴンを召喚しラマを抜け出しましょう。本来ならば戦闘は避け、金で解決しろとの命令でしたがお嬢さんがラマに捕らわれてしまっては意味がない」

「ありがとう!!」

「お礼は無事土を踏んでからでお願いします」

すぐに後ろから慌しい足音が聞こえてくる。名も知らないフードの男性の脚は更に速くなった。階段を駆け上がり、踊り場で一度静止して、追っ手を早撃ちで仕留めるとまた走り出す。私はその姿を目の当たりにして確信した。この調子なら助かる。この人は強い。前方から現れた船員も仕留めるとうめき声を横に通り過ぎた。

「あとどのくらいで船首までつくの!?」

「この扉を開ければ甲板です。そうすれば船首はもう目と鼻の先です。ですが、油断しないで下さい。まだここは敵の手中です……おかしい、あまりにも容易すぎる。絶対光跡船ラマの守りがこんなものとは思えない」

扉を開ければもう何日ぶりだろう、覚えていないほどの青空が広がっていた。久しぶりの太陽の光に目をくらませながらも前を向く。船首だけを目指して。

「あっ」

船首に大きなドラゴンと1人のこれまたフードを被った男性が見えた。彼がきっと魔術師だろう。胸の高鳴りを覚える。

「やったわ!!」

「くそ!!!!」

私が歓喜した横で今まで私を守ってくれていた男性が憤慨した。私の腕を握る左手に力がはいる。それは痛みを感じるほどだ。どうしてだろう。どうして彼は怒っているのだろう。

「ちょ、ちょっと……どうしたのよ」

「勇者様の命令には条件がついています。それは己が命。生き残ること。生き残って帰還すること。ここで私が捕らわれれば勇者様は私を殺しに来るでしょう」

「えっと……話が見えないのだけれど」

「故に、私は貴女を見捨てます」

「え?」

「魔術師との約束はこうでした。私と貴女が無事に船首まで到着したことを確認してからドラゴンの召喚を行うと。それが今、私達が到着する前に召喚はなされている。あれは私と魔術師がこの船から逃げ延びるためのものです」

「どうしてよ!!私も連れて行ってよ!!どうしてここまで来て見捨てるのよ!!」

「勝ち目がないからだろう」

その時、ドラゴンの影から銀髪の男性が現れた。この船のオーナー、シュヴァルツだ。

「絶対光跡船ラマは弱者に優しい。くく……奴との約束の条件は命を持って帰還することなのだろう?ならばその約束、果たさせてやろう。だがそこの女は俺が買った物だ。命と引き換えに女を置いていけ」

「そういうことですので、すみませんお嬢さん」

今まで私を守ってくれていた男性は私の手を離すと魔術師とドラゴンの元に駆け寄っていった。血の気が引けていく。どうして。どうしてここまで来て諦めきゃいけないの?こんな淡々とチャンスを逃していいの?否、よくない。私は走っていく男性の後を追った。

「来てはいけない!!」

「どうして……!!」

「私達は生きて帰らなくてはいけない。勿論、貴女を救うことが命令です。でも勇者様は命に代えてでもなんて愚かな真似はするなともおっしゃった。待ちなさい、それが今、貴女にできることです。何もチャンスは今回限りと言うわけじゃない。あの人の諦めの悪さをお嬢さんが1番知っているでしょう。次は必ずある」

「次があるだなんて私の船もなめられたものだな」

そう言いながら銀髪の男性と今まで私を守ってくれたフードの男性はすれ違った。私は2人が乗ったドラゴンが船から飛び去っていくのを何も言えないまま見送った。銀髪の男性は私の前に立つと見下したような口調で自己紹介をした。

「私はこの船、絶対光跡船ラマのオーナー、シュヴァルツだ。そしてお前の主人でもある。敬意をはらえよ。まぁ、元お嬢様には難しいかもしれんがな。飼い犬に手を噛まれるのはごめんだ」

「……どうして私を買ったの」

私が勇者様の仲間と知ってのことだろうか。私を買うという事は勇者様に敵対するということ。見るからに意地の悪そうな顔だ。きっと面白そうだったからとかそんな理由だろう。

「一目惚れだ」

「一目惚れ」

思わず復唱してしまった。

「じゃああのふざけた金額も」

「本気だ。金で手に入るのならいくらでも出そう。出し惜しみはしない。結局あんなはした金で手に入ってしまったがな」

「あなたねぇ、私を買うってことがどういうことか分かっているの!?勇者様の敵になるってことよ!?」

「構わん。惚れた女1人守れずしてどこが男だ」

「世界は勇者様を中心にまわっているのよ!?世間も敵になるわよ!?あなたは悪人よ!?」

「構わん。私の行く道が悪だと言うのならその道を歩もう。その道を行かぬならばそれは私ではない。忠告などいらぬわ。黙ってこの私について来い、小娘」

そう言ってシュヴァルツは高笑いをした。その顔が妙に腹にきて頬をひっぱたいてやろうと腕を振り上げたが瞬時にシュヴァルツに腕を掴まれてしまった。私はこれでもかと怖い顔をしてシュヴァルツを睨みつける。そして彼の足をおもいきり踏みつけた。

「冗談じゃないわ!!誰があなたの飼い犬になるですって?あなたの道を共に行くですって?私は勇者様の仲間よ!私が行くのは勇者様の道よ!!」

「ふははははは!!こうも早く噛まれるとは思わなんだ!!いいだろう、自分の置かれた立場というものを分からせてやろう。……この私が知らないとでも思っていたのか?バツラムにいた客共が勇者と通じていると。あの客共が安全に港に下りれるかどうか……お前はあの場にいた80人の命を背負っているんだ」

「さっそく悪人になるのね。分かったわ、あの80人が安全に港におりるまでいい子にしてあげる」

「話の早い女は好きだ。それならば忠義を見せてみせよ」

「忠義?」

「私にキスをしろ」

「きききき、キス!?ふざけないで!!」

一気に顔が赤くなる。そして少し後ずさりをする。シュヴァルツは真面目な顔をしてこちらを見下ろしていた。唾を飲み込む。落ち着け、私。

「……かがんで、目を閉じて」

「分かった」

私は律儀に目をつむっているシュヴァルツに背を向けた。一歩、二歩、と足音を立てないよう歩く。よし、このまま逃げよう。そう思ったとき、神様は私に味方してくれないものだ。ギシリと甲板が音を立てる。ゆっくりとシュヴァルツの方を振り返ったら眉間に皺を寄せた彼と目が合った。

「助走つけてキスしようと思ったのよー!!!!」

そしてそのまま船内へと戻る道を走り出した。脱兎のごとく。だがすぐに後ろに引き戻される。そしてそのまま後ろから抱きしめられた。煙草の臭いが私の身体を包む。男の人に抱きしめられた経験などない私は抵抗もできず固まっていた。

「……いい子でいるのではなかったのか?」

「その、えっと、その……」

「まぁ、よい。……お前の部屋はこちらではない。ついて来い」

身体を解放されて思わず息を吐く。心臓が高鳴っている。敵相手になんてザマだ。でも今の私は身勝手に行動してはいけない。大切な人質がいる。……キスするべきだっただろうか。いや、でも結局見逃してくれたのだから結果オーライだろう。私は唇を噛み締めてシュヴァルツの背中を追った。

「わぁ、ここが私の部屋?広い、ベッドがふかふかだわ!!」

シュヴァルツに案内された部屋に入るなり私は歓声をあげた。なんて現金な女なのだろうか。ベッドのふかふかさ加減を確認してからハッと冷静になる。いけない、いけない。この男は敵、私は人質、人質のいる人質。

「ふ、ふん!!まぁ?ほどほどってとこね」

「確かにお前の部屋だが正確に言えば俺の部屋でもある」

「それは所有物って意味?」

「それもそうだが俺はこの部屋で寝泊りをしている」

「あなたと同室!?冗談じゃないわ!!牢屋の方がましよ!!」

そして一時間が経過した。現在私は簀巻きにされてベッドの上に転がされている。身動きが取れない状況で確認できることはシュヴァルツが私の横に寝転がってこちらを見つめている、ということだ。

「……ただじゃおかないんだから。この私を選んだこと、絶対後悔するわよ」

「たいした自信だな。それもあの勇者の仲間という自信からか?」

「当たり前じゃない。彼が私を見捨てるわけないんだから」

「ふはははは!!面白い、興が乗った。どうでもいいことを一つ教えてやろう」

シュヴァルツは起き上がり、サイドテーブルの上にあった煙草に火をつけると意味深に笑った。

「俺の職業はもちろんこの船のオーナーだが、副業として魔王もやっている。まぁ、生活のほとんどを海の上で過ごしているわけだから城は大抵もぬけの殻だがな。いつも魔王が城にいるとは限らない」

なんということだ。一気に顔が青ざめる。私はなんという人に捕まってしまったのだろう。勇者様に早く伝えなくては。せめて、あのバツラムにいた客達に伝えて勇者様に情報が行き届いてくれれば。私は身じろぎをした。芋虫のようにぐねぐねと。その様子を見てシュバルツはまた笑うと私の髪を一房掴んでくい、と引き寄せた。

「無駄な抵抗は醜いだけだぞ。大人しく……」

「ははははははは!!!いいことを聞き出したアイリーン!!よくやった!!後は我に任せよ!!」

その時、船室のドアが勢い良く開いた。聞きなれた、あの人の声と共に。

「誰だ……人の部屋に不躾に入ってくる輩は……」

青いマントをはおり、腰に竜のエンブレムの入った剣をさげた男性。そう、勇者様だ。シュヴァルツは私を庇うように自身の後ろに隠すと躊躇いなく腰から短銃を取り出して勇者様に向かって放った。勇者様は当然のような身のこなしでそれを素早く避けると剣を鞘から抜き、シュヴァルツに向かって振り下ろした。シュヴァルツはそれを短銃で受け止めた。キィンと音が響く。

「なに、金も仲間も頼りにならぬ。だから我がそこのドジ女のためにわざわざ出向いてやったまでのこと。……アイリーンは返してもらう。その女は我のものだ。我が財宝だ、我が輝きだ」

「きゃあああ!!勇者様あああ!!好きいいい!!」

「はっはっは、陸に帰ったあかつきにはきちんと地にはいつくばって土下座してもらうからな!!このトラブルメーカーめ!!いくら我に好意を叫ぼうとも許しはしない!!」

「……ちっ。やっぱり勇者様は勇者様か」

「なにか言ったか?」

「いえ、なんでもありません。早く助けてください」

わがままで自由奔放、卑怯で何様俺様勇者様な人物、それが勇者様。それが、没落貴族で路頭に迷っていた私を拾ってくれた唯一の人物。私に居場所を与えてくれた、大切な人。

「……茶番は終わりか?勇者」

「あぁ、終わった。ついでに貴様の命もここで終わる。我の魔王退治もこれで終わる。最終決戦よ。まさかタイマンになろうとはな。場所も場所で華がない。せめて青空の下、この剣を振るいたかったが。このような狭き場所がラスボス戦とはな、まったく運命とは酷なものよ」

「弱きものほど多くを語ると言う」

「それだけ余裕があると言うことだ!!」

金属と金属のぶつかる音が続く。あの小さな銃身で勇者様の剣を受け止めているシュヴァルツはすごいと思う。私は隙を見て、簀巻き状態から抜け出すと部屋の隅へと移動した。銃の発砲音。それをはじく音。

「お前は先ほどこの小娘を財宝と言ったが、それはいくらだ。いくらなら売れる」

「1000000000000ってところだな」

「よし、その値で買おう」

「え?まじで?我の財布潤沢じゃん」

「この船の宝物庫から好きなだけもっていくといい。そして1人、去れ」

「っく……さすが魔王、一筋縄ではいかんな……!!タイマンでは勝てぬ。仲間が……いなければ……。これは所謂、強制負けイベント!!待ってろ、アイリーン!!必ず助けに戻る!!」

「ねぇちょっと勇者様」

「宝物庫はどちらに?」

「この名刺を持って船員に宝物庫への道を聞くといい」

「うむ」

そして船室のドアは閉められた。船室には私とシュヴァルツが残った。部屋は先ほどの戦闘で荒れ果てている。私は一時、呆然としてからすぐに意識を戻した。ドアを開けて勇者様の背中を追う。シュヴァルツも後ろから着いてきた。

「勇者様!!ちょっと待って!!」

「……なんだ、アイリーン。まだ分からんのか」

「分からないって……なにがよ」

「魔王は軍事資金を失う。我は軍事資金を得る。そして絶対負けない装備を手に入れる。その後、金銭的に弱った魔王を打つ、貴様は我の元に戻る。あやつは女1人の為に敗北の道に進んでいるということだ。勝算はこちらにある。貴様がドジをしたおかげだ、誇れ、アイリーン。どんな屈辱を受けようとも貴様なら乗り越えられる。我を信じて待っておれ」

そう言って勇者様は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。その時、後ろから銃声がした。

「勇者は宝物庫よりあの世にいきたいようだな?」

「別れを惜しむくらい許せ。狭量な男は好かれんぞ?それじゃあな、アイリーン」

勇者様の背中はどんどん遠ざかっていった。次いつ会えるのかも分からない。でも、でも、勇者様はきっと私を助けに来てくれる。なんだか今回は上手いよう買収されたような気がしないでもないけれど、シュヴァルツの戦力が減るのは確実だ。私はただその時を待っていればいい。だって、正義はいつだって勝つからだ。勇者様は絶対に私を助けに来てくれる。単身、私の元まで来られたのだ。だから。その時、ガチャリと不穏な音がした。

「え?」

「私は左利きだ。生活するのにさして不自由はないだろう」

私の左手首には手錠。反対はシュヴァルツの右手首にはまっている。こうして、地獄の日々が始まったのであった。

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