09

「何か用かな?」


 今日は朝からずっと尾行られてた。

 俺が振り返ると、電柱の陰から高校生くらいの男が首をすくめて顔を出した。


「気付いてたんだ?」


「朝からずっとね。で?何か収穫はあったかな?」


「あなたが派遣会社の人間じゃないってことだけは」


「……」


 俺は、その男を見つめる。


紅緒べにおちゃんの知り合い?」


「三つ子の長男です」


「三つ子?」


一条 碧いちじょう ヘキといいます」


「一条?紅緒ちゃんは…」


「俺の偽名は、竹之内碧衣たけのうちあおいです」


「……」


 話を聞きたいと思った。

 それで、俺は彼を部屋に招いた。



「俺たちは殺し屋です」


 部屋に入ってすぐ、彼はとんでもないことを口にした。


「気付いてたんでしょう?桧田ひのきだ組の一件から」


「…まあね」


 コーヒーを一口。


「俺たちは三つ子ってことになってますけど、本当は違うんです」


「え?」


「俺とロクは本当の双子だけど、コウは違う」


「……」


コウには、ちゃんとロクヘキっていう三つ子の兄弟がいた。でも小さな頃殺された」


「殺された?」


「適性検査で殺し屋としての可能性が認められない奴は、みんな殺された」


「……」


「俺たちは、その殺されたロクヘキの代わりにコウの兄弟になった」


「じゃあ、本当の名前があるわけだ」


「…三枝さえぐさ薫平くんぺいロクは、瞬平しゅんぺい


「そのこと、彼女は?」


「知らない。俺達と三つ子だと信じてる」


「どうして、俺に?」


「……」


 彼はコーヒーを一口飲むと。


「週末、最後の仕事があるんだ」


 険しい顔つきでつぶやいた。


「最後?」


コウを、助けてほしいんだ」


「君…」


「爆薬庫の爆破が、最後の仕事なんだ。でも、この仕事は危険すぎる」


「どこの爆薬庫だ?」


「…埠頭」


 埠頭の爆薬庫。

 それは…一般的には単なる化学薬品の倉庫として、立ち入り禁止とされているが…

 それが爆薬庫だと知っているとなると…


 …本物だな。



「どうして、爆破することに?」


「たぶん…」


「?」


「俺たちを消す口実」


「……」


 俺は、しばらく考えて。


「その日、どういう手口で?」


 問いかける。


「それは…言っても…とにかく、コウをお願いできれば」


「いや、手口を教えてくれ」


「?」


「俺は、君が言った通り派遣会社の人間じゃない」


「……」


「二階堂組、知ってるかな」


「二階堂って、どのヤクザも一目おいてるっていう?」


「そう。ここは、その敷地内。裏口から入ったからわからないだろうけど」


「あんた…ヤクザ?」


 俺は、スーツの内ポケットからIDカードを出す。


「表向きはね。でも、ヤクザを装って動いてる秘密組織だ」


「……」


 しばらく口をあけたまま見つめられてしまった。

 それでも、彼は俺の手を握って。


コウを頼みます。」


 そう言ったんだ。



 表向きはイギリスのマフィア。

 だが、『一条』という日本人の組織は…二階堂と正反対の『悪』そのもの。

 俺達が正義のために『影』として育って来たとしたら、彼たちは悪のために選ばれて洗脳された。



 この若い殺し屋の事件は…前々から二階堂が追っていたもの。

 たまたまコウに出会った時も、実は彼女を張り込んでいた。


 予想外の出来事は…

 俺が、彼女自身に好意を持ってしまったこと。

 年齢より大人びた表情は、そう言った世界で生きて来たせいだろう。

 だが…時折ムキになったり、俺を試そうとしながら揺れる瞳に…いつしか心を掴まれてしまった。



 あの日、マフィアの船が向かっているという情報が入った時、すでに爆薬庫の爆薬は安全な場所に移した後だった。

 万が一のために、頭がそうしてくれた。

 だが、その後に警備に着いたのは、その倉庫で通常に勤務している警備員でも、二階堂の者でもなかった。


 コウたちと共に…消される予定の一条の若者たちだった。


 一条では人間凶器として使われるのは二十歳まで。

 それ以降生き延びたのは、特に能力の高い人材のみ。

 紅たちが二十歳に満たずして消される事になったのは、一条に反旗を翻す可能性があったからだろう。

 能力を持った三人は…一条にとって、大事な人材であると共に、脅威だったに違いない。


 しかし消されると分かっていながら…ロクヘキは、自分たちを消しに来た仲間を俺たちに引き渡したくはなかったのだろう。

 自らが爆弾となって、仲間の中に飛び込んで行った。


 爆発のあった倉庫からは、多くの死体が見つかったが…二人の死体は見つからなかった。

 生まれた場所が違えば…と思った。

 彼らは高い能力を持っていた。


『悪』として生きなければならない世界で、それはいつ形を変えたのだろう。

『悪』をやめたい…と。


 優しい彼らの気持ちは、十分俺に届いた。

 俺に見つかってもいいように下手な尾行をしていた、コウを想う彼らを…そんな彼らに大事にされているコウを…

 …助けたかった。



 それから一年後。

 イギリスのマフィアが何者かによって殺されたというニュースが飛び込んできた。


 きっと…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る