唯一の方法

アオもさくらも、決して、自分達の方が優れていて正しくて、だから他人は自分達に従うべきだと思っているわけではなかった。


ただ、上手くいっていない人間を<反面教師>として役立てようとしているだけだ。


もっとも、そう考えていることすら、


『他人を見下してる!』


と捉えて難癖をつける人間もいるので、基本的に信頼できる相手以外にはそれを口にすることさえない。


わざわざ当人の内心にまで踏み込んで難癖をつけて何をしたいのか、アオやさくらには理解できなかった。そんなことをすれば相手の反発を招いて結局は自分が嫌な思いをするというのに……


自分が良い気分になりたいがために他人や世の中の方を自分に合わせようとして結果として余計に嫌な思いをする。


実に非合理的で不可解な行いだと言える。


一体何がしたいのかが理解できない。


自分の思い通りの世の中など実現できるはずもない。人間の歴史が始まって以来、果たしてどれほどの<英雄>や<天才>がその実現を夢見て挑み、果たすことなく志半ばで潰えていったのかを見れば分かるだろうに……


幸せになりたいのなら、<ほどほど>で満足するしかないという現実を。


にも拘わらず他人や世の中の方を自分に合わせようとして上手くいかない。上手くいかないことでイライラして他人に八つ当たりをする。そうなると当然のごとく八つ当たりされた方も納得できなくて反撃してくる。それでまたストレスが溜まる。


明らかに自分で自分を不幸にしているという図式だろう。


そんなことをしていてなぜ幸せになれると思うのか。他人を不幸にしていて自分が幸せになろうなどと、ムシが良すぎないか。


その点、エンディミオンは自分が幸せになろうとは考えていなかった。エンディミオンの願いはただ一つ。


『さくらに幸せになって欲しい』


だけだった。


そして、さくらが幸せでいるためには彼女の身近な人間が幸せでなくてはならない。でなければさくらは幸せを感じることができない。さくらはそういう人間であることを、エンディミオンは理解できた。


だからもう、さくらの周囲で不幸をばら撒くような真似はしない。


今の彼はそう考えることができる。


これまで多くの不幸をばら撒いてきたエンディミオンは、自分の幸せよりも他人の幸せを願うことでしか救われる道はなかった。


それもまた、他人を不幸にしてきた者に課せられた<報い>と言えるのかもしれない。


過去の自分がしてきたこと、信じてきたこと、望んできたこと、求めてきたものの一切を否定し、非難し、かつ自らが幸せになることを期待せず、誰かの幸せをただ願う。


それが、罪を購う唯一の方法なのかもしれない。


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