果たしてそれを
世の中には、なぜか<ただ静かに暮らしていたいだけの人間>に余計なお節介をして平穏を掻き乱す人間がいる。
しかも本人はそれを善行だと思っているのでまったく悪びれることもないしむしろ感謝されるべき称賛されるべきと思っていたりするのだ。
それどころか、自分のお節介を感謝しないような人間は、人の道に外れているとまで考えていたりもする。
そんな決まりきった自分達の価値観に収まる人間ばかりなら世の中はこんなに難しくないというのに、世界全体を見ればそんな考えはむしろ少数派だというのに、現実を見ることもできない。自分が正しいと思い込まなければいられない心の弱い人間だということを理解しようとさえしない者もいる。
アオもさくらも、別にそういう人間に対して自分達の生き方を認めろと言うつもりはないし、自分達こそが正しいと言うつもりもない。ただ余計なお節介はやめてほしいと思っているだけだ。その方がお互いに平穏に暮らせるのだから。
そういう意味で他人と関わろうとしないだけである。
そして現代は、結構、それがまかり通ってしまう。この意味では、生き難い時代と言われることも多い現代が嫌いじゃなかった。
近所の住人達も、あれこれ噂している者はいたとしても、それさえ気にしなければ積極的に関わってこようとしないので助かっている。
なにしろ<人手>の面では何も困っていないし。
夫婦二人だけの世帯で、片方だけが家事や育児を押し付けられては肉体的にも精神的にもまいってしまうかもしれないものの、その点ではエンディミオンがいるだけでも百人力だった。
決して豪華な料理を作ってくれる訳じゃなくても、自分のことは自分でできて、取り敢えず簡単な食事くらいなら作れる。家事も完璧さえ求めなければそれなりにこなせる。
なにより当人が子供のように甘えてこない。大人として当たり前にできておかしくないことを当たり前にこなせるだけだ。
けれど、それができない人間も多い。
赤ん坊に嫉妬して甘えさせてもらおうと母親の手を煩わせる者もいる。
それがないだけでも大きく違う。
さくらはもちろん、アオも感心すると同時に感謝もしていた。エンディミオンがもし子供のようにさくらに甘えようとするなら、自分がエンディミオンに代わってさくらと子供達の面倒を見なければいけないと思っていたし、その覚悟もしていた。
「私の兄にはできそうにないことだ……」
そんな風にも思う。部下をパワハラで精神的に追い込むような真似はできても、自分のことは自分でできない。それどころか誰かが傅いて奉仕してくれるのが当たり前だと思っていて、そうしてくれることをただ待っているだけ。
果たしてそれを<大人>と呼んでいいのだろうかと思わずにはいられなかった。
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