人間模様

アオは、万が一のことも想定した上で覚悟を持って待った。


そうすると、不思議と覚悟を持っている者にはそういうことは降りかからないようだ。実際には別にそういうわけではないにしても、単に確率の問題でしかないにしても、分娩室に入ってから十三時間もの時間は要したものの、無事、女の子と男の子の双子が生まれた。


途中、あきらが待ちくたびれるかもとも思ったけれど、アオにすら微かとはいえさくらの声が届いてくるくらいだったので、ウェアウルフである洸にとってはそれこそ隣にいるのと変わらないくらいにさくらの気配が感じられていたのだろう。


「さくら、がんばれ。さくら、がんばれ…!」


さくらの呻き声が聞こえる度に洸はそうエールを送った。


なお、洸の成長に伴い、さすがに『ママ』と呼ぶのは見た目的にあれなので、言葉を覚える段階で名前で呼ぶように教え込んでいる。


そして、「ふやあ、ふやあ」と赤ん坊の泣き声が聞こえてくると、


「さくら、やったーっ!」


と思わず歓声を上げてしまった。


「こらこら、嬉しいのは分かるが、しーっだぞ。ここは病院だから」


アオが自分の唇に人差し指を当てそう言うと、


「!」


洸は慌てて自分の口を両手で塞いだ。その仕草が可愛らしくて、アオは顔が緩んでしまう。


そこに看護師が出てきて、


「生まれましたよ。元気な女の子と男の子です。お母さんも無事ですよ」


と告げると、アオは、


「よしっ!」


小さくガッツポーズをしてしまった。すると洸も、


「よしっ!」


と真似をする。


そんな二人に今度は看護師が頬をほころばせた。


『かなり複雑な事情の家庭みたいだけど、すごく仲は良さそうね』


という風に考えて安心したのだ。長く看護師をしているといろんな人間模様を見ることになる。なにしろ病気であったり妊娠であったりと普段と違う状態でくるので、本音や本性が出てしまうらしく、一見、仲が良さそうだった家族が互いを罵り合ったりということも珍しくない故に。


明らかに血縁関係にはなさそうな十歳くらいの外国人の男の子が出産に立ち会ったり、実の家族が来ない代わりに知人が待つなどというのも、やはり特異な印象は受ける。いろんな事情を抱えていると思われる妊産婦も確かに少なからずいるものの、その中でも恐らく今後ずっと記憶には残りそうだと思った。


とは言え、事情がいくら複雑でも関係さえ良好ならまだ何とかなるというのも見てきた実感だった。


『これから大変でしょうけど、頑張ってくださいね』


本人達も知らないところで励まされつつ、後産などがあることで分娩室を出されたエンディミオンはアオには視線も向けなかったものの、その表情は穏やかにも見えたのだった。


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