両親像

「陣痛の間隔が十分ごとになったら来てください。ですが、何か異常を感じた時にはそれより以前に来ていただいて結構です」


分娩を予定している病院に連絡を取るとそう言われたので、さくらは、


「分かりました」


と応えた。


「なんだ。まだダメなのか?」


エンディミオンが憮然とした表情で問い掛ける。


「仕方ないよ。初産の場合は特に時間がかかるから、あまり早く行っても待たされるだけだろうし」


さくらは少し困ったような笑顔で言う。ただ、彼にしてみれば心配だからこその態度だというのも分かるので、嬉しくもあった。


そうしているうちに、またぎゅーっとお腹が締め付けられるような痛みが襲ってくる。


正直、それが本当に正常な陣痛なのかそうでないのかがさくらには分からない。分からないけれど、取り敢えずしばらく待ってみて治まるのであれば大丈夫なのだろうと思うことにした。


時計を見ると、さっきの陣痛らしき痛みがあってから三十分くらい経っている。ということはまだ早いのだろう。


そしてまた五分くらいで治まった。


なるほどこれが何度も繰り返されるということか。


こうして、痛みが襲ってきては楽になるということが実際に繰り返された。


それは深夜になっても続き、ほとんど寝ることもできずさくらはふうふうと荒い息をしながら痛みに耐えた。


「おい! もう十分間隔くらいじゃないのか?」


エンディミオンが焦れたように訊いてくる。しかしさくらは、


「まだ十五分間隔くらいだよ」


と言う。しかしエンディミオンにしてみると気が気でなかった。


「十分も十五分も大して変わらん! タクシーを呼ぶ!」


彼はそう言いつつ電話を掛けた。


そんな彼にさくらは苦笑いを浮かべながらも、確かにもうそろそろとは思っていたので、任せることにする。


アオにはメッセージを送ったあと、迎えに来たタクシーに乗り、さくらとエンディミオンと洸は病院へと向かったのだった。




「おおう! いよいよ入院だって」


原稿を書いている時にさくらからのメッセージを受け取り、ちょうど紅茶を淹れてくれたミハエルに向かって、アオは思わず声を上げた。


「きたなあ! いよいよきたなあ…!」


そう声を上げた後、アオはふとさくらの両親のことを思い出した。


「弟君が亡くなっていろいろあったらしいけど、これでまた明るくなるんじゃないかな」


そんなことを口にする。


なお、すでにお気付きのことと思うが、さくらの両親について、彼女がエンディミオンに語ったそれと、アオに対して語ったそれには、大きな乖離がある。


そのどちらが本当のさくらの両親像かと言えば、実はどちらも間違ってはないのだ。現状ではエンディミオンに対して語ったそれが正しいものの、さくらの弟が亡くなるという悲劇さえなければ、彼女の両親はアオに語ったその通りの対応をしただろう。そういう人達なのだった。


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