いよいよか~……!

「ああ~、そうかあ、いよいよか~……!」


さくらが帰った後、アオは一人で興奮していた。むしろ出産を控えた当人であるさくら自身よりもテンションが高いかもしれない。


「ふふ♡ 何だか本当に奥さんの出産を間近に控えた旦那さんみたいだね」


そう言ってミハエルが微笑む。


それに対してアオも、


「いや、マジでその心境だよ。なにしろさくらは、私にとっても嫁みたいなものだからな」


この時にアオが言った<嫁>というのは、野球においてピッチャーがキャッチャーを<女房役>と言う感覚に近かったかもしれない。決してエンディミオンを差し置いてさくらを<自分の物>と言うつもりはなかったのだから。


もちろんミハエルにもそれは分かっている。だから穏やかな表情でアオのことを見守れた。


そして何より、人間とダンピールと吸血鬼の新しい関係が築かれていこうとしてることに満たされていた。


世間では、アオのように親を敬う気が毛頭ない人間について、<親不孝者>だの<クズ>だの言ったりする。それこそ、


『親を敬えないような子供は反社会的な傾向が強いからさっさと始末した方がいい』


などという極論まで口にする者もいる。


だが、本当にそれでいいのか? 人間として道理に外れたようなことをしている者を、親だというだけで敬われるべきだと、それが当然だとしていて本当にいいのだろうか? 


親が子供をこの世に送り出したのは、何をどう言い訳しても親の勝手な都合に過ぎない。そして自分の勝手でこの世に送り出したのだから、親が子供の面倒を見るのはどこまで行っても<義務>であって、それを<育ててやった恩>だなどとすり替えるのは、押し売りの理屈ではないのか?


そういう<恩の押し売り>を当然のこととして、正当なこととする考え方は、多くの場面で問題を引き起こしてはいないだろうか?


『金を払ってやってる客なんだから、言うことを聞くのは当然』


みたいな考え方も、それが基になっているとは考えられないだろうか?


アオはそれに気付き、改めようとしてるに過ぎない。


それを、


『親を敬えないような奴はクズ』


などと罵るような人間の方が、社会的なリスクは高いのではないのか?


『自分にとって都合の悪い相手、気に入らない相手は排除してしまえ』


という考え方は、テロリストのそれに似てはいないか?


少なくともアオは、どんなに両親や兄を嫌っていようと憎んでいようと、


『この世から消し去ってしまえばいい』


とは思っていない。


いや、感情の面からであればついそう思ってしまいそうになることもあるけれど、そんな自分を正しいとは思っていない。


ミハエルは、そんなアオだからこそ、彼女を選んだのだった。


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