幸せな愛

『被害者が加害者を許してもいいという気持ちになる時というのは、この感覚に包まれている時なのかもしれないな……』


アオのその言葉に、さくらも納得するものを感じていた。


「エンディミオンが変わったのも、結局はそれなのかもしれません。彼の父親である吸血鬼の非道の被害者だった彼が、その恨みは忘れてなくても、少なくとも今はそんなに囚われずにいられてるのも、そういう感覚の中にいるからなのかもって思うんです」


するとアオが深く頷く。


「分かる。その気持ちはすごく分かる気がする。こうしてると嫌なことなどすべて融けて流れていく気がするんだ。


もちろんそれだけで恨みを忘れられる訳じゃないのもそうだろう。私だってそうだ。でも、多少気にならないようにはなる。それでいいんじゃないだろうか」




さくら達がそんな話をしている時、エンディミオンはと言うと、一人、家で温室の花壇をいじっていた。


その顔はすごく穏やかそうだった。


かと思うと、不意にキュウッと険しい表情になる。が、それも数分もするとやはり穏やかなそれになっていた。と、また険しい表情になる。


どうやら、自分が穏やかな表情になっていることに気付くと慌てて険しいそれに戻そうとしているようだ。なのにそれは長続きしない。


こうやって誰にも邪魔されずに花をいじれているのが彼にとってはたまらなく心地好い時間なのだろう。


なお、夜にそんな作業をしていて花の美しさが分かるのか?と思うかもしれないが、ダンピールであるエンディミオンにとってはほんの少しの明るさがあれば昼間と変わらない光景を見ることができる。だから何も問題ないのだ。


さすがに花に話しかけたりまではしないものの、一本一本、一輪一輪丁寧に見て、手入れをしていく。それはまるで、赤ん坊の様子を見逃すまいとする母親のようですらあった。


そのおかげもあり、冬だというのにさくらの家の温室は満開の花で満ちていた。もちろんその殆どが冬に花を咲かせる品種ではある。特にデンドロビウムとパンジーがその存在を主張していた。


どちらも本来の開花時期よりも若干早いものの、温室という環境ゆえか、すでに満開の状態だった。


だがその一角に、小さな白い花がひっそりと咲いていた。鉢植えの低木だ。


<スズランエリカ>と呼ばれる花だった。


花言葉は『幸せな愛』。まさに今のこの家に相応しい花と言えるだろう。


実はエンディミオンは花言葉までは知らなかったが、<エリカ>という名前だということで買ってきたのだった。


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