想像するだけで

『人を殺さないことでさくらと一緒にいられる』


確かにそうだった。エンディミオンが、人も吸血鬼も殺さないでいてくれるから、さくらは彼と一緒にいられるのだ。


もし、彼が今でも人や吸血鬼を殺していたら……


もし、彼がミハエルやアオに危害を加えていたら……


そんな風に想像するだけでショックを受けてしまう。


その時にはもう、一緒にはいられない。


ましてやミハエルやアオにもしものことがあったりしたら、それがエンディミオンのしたことだったとしたら、自分も生きてはいられないと思う……


「……」


青褪めた表情で唇を噛みしめるさくらを、ミハエルはただ黙って見守っていた。


すると、さっきまでお絵描きをしていたはずのあきらが、すっとさくらのそばにきて、彼女の頭を撫でてくれた。


悲しそうな顔で。


「ママ…なかないで……」


洸には、さくらが泣いているように見えたのだろう。大好きなママが泣いているように。


これが、『人を殺す』ということ……


今はエンディミオンもさくらがこれほどまでに悲しむということを理解しているからこそ、それを抑えることができている。そして、エンディミオンにとってさくらは、悲しませたくない相手だという事実。


そこに、人が人を殺さずにいられるコツがある。


「ありがとう……ありがとう、洸……」


洸に頭を撫でられる毎に、さくらは自分の心がほぐれていくのを感じていた。これが大事なんだと分かる。


そんなさくらと洸を見て、アオがしみじみと言った。


「世の中には、『なぜ事件が起こったのか?』ということを考えようとするだけで、『加害者を擁護するのか!?』と難癖をつけてくる奴がいる……


まったく、こういうのを<脊髄反射で噛み付く>と言うのだろうな。誰も加害者の擁護などするつもりもないというのに。確かに擁護するために言っているのも中にはいるかもしれん。だが、ほとんどの場合は、『加害者が悪い。それは議論の余地もない揺るぎない事実。しかし、この世には原因があってこそ結果がある。その原因を突き止めることこそ、類似の事件を予防することに繋がる』からこそ、それを考えようとしているというのにな。


にも拘らず、やれ『だったらお前が加害者の面倒を見ろよ!』だのなんだの言う。『被害者や遺族の気持ちを考えろ!』とかな。


だが、『だったらお前が加害者の面倒を見ろよ!』とか言うのなら、逆に、『お前が被害者遺族の面倒を見るのか?』という話になるぞ? 親を殺された子供をお前が引き取って育てるというのか? しないだろう?


自分はそこまでしないクセに『だったらお前が加害者の面倒を見ろよ!』とか、よく言う。


しかしさくらは、現に『加害者の面倒を見ている』上に、『捨てられた子供の面倒まで見ている』からな。だからさくらにはそれこそ堂々と言ってやれる資格があると私は思う」


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