走り
その夜、さくらは夢を見た。
それは、現在の日本ではなかった。自動車さえロクに通れなさそうな路地裏で子供達が遊んでいて、それをランニングシャツ姿の老人が団扇をパタパタとさせながら微笑ましげに見ている。
そして子供達の間を縫うように、割烹着姿の女性が買い物籠を下げて歩いて行く。
映画のシーンなどで見る、昭和初期の頃の風景だと思った。
思ってしまったのだ。
普通、夢を見ている時には、自分がどんなに奇妙な世界にいても、それに違和感を覚えないことが多いのではないだろうか。それなのに、さくらは思ってしまったのである。
『…なんか、映画のセットみたい…』
と。
するとその時、子供達の中に、見覚えのある姿を見て、さくらはハッとなった。
『あの子、まさか……』
緩くウェーブした肩までの栗色の髪。あちこち繕われたいかにも着古された印象の服を着た子供達とは明らかに雰囲気の異なる真っ白のワンピースを着た少女。
似ているのだ。明らかに。あの少女人形に。
「今度は、エリカが鬼な!」
イガグリ頭の、絵に描いたような<腕白な男の子>が声を上げると、栗色の髪の白いワンピースの少女が、
「うん!」
と元気に返事をした。そして子供達が一斉に走り出す。
でも、エリカと呼ばれた少女は数秒、その場に立ち尽くして、子供達の姿が路地を曲がって見えなくなってから、
「いくよーっ!」
と、よく通る張りのある声で宣言し、それからおもむろに身構えて、走り出した。
瞬間、少女の体が弾けたように加速する。
それは、素人目に見ても分かる、およそ次元の違う<走り>だった。そのいかにも<いいところのお嬢様>風の見た目とはあまりにもそぐわない、本気の走りだ。
するともう、当然のごとく、逃げた子供達は次々と捕らえられていく。
「すげーっ!」
「はえーっ!」
「かっこいい!」
子供達は口々に称賛した。それに少女は少し照れくさそうにする。
でも、まんざらでもなさそうだ。
そこに、
「エリカ、そろそろ時間だよ」
と声が掛けられる。
途端に、
「ええーっ!?」
子供達が揃って残念そうな声を上げた。
少女も少し寂しそうな表情になって振り向く。その視線の先にいたのは、繊細そうな印象のある、三十代くらいの青年だった。
「ごめんね、エリカの家は厳しいから」
青年が申し訳なさそうにそう告げると、子供達も渋々ながら承諾したかのように黙ってしまった。
「またね…」
少女は寂しそうに微笑みながら、子供達に向かって手を振った。
子供達も少女に向かって手を振って、青年と共に歩いて行く姿を見送ったのだった。
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