喃語

「まあ~、ま~。ぷ。うあ~」


さくらの胸に抱かれているあきらが、しきりに声を上げている。


人間の場合、一歳くらいとなると、多少、意味のある言葉を離し始めてもおかしくない時期だろうが、さすがにまだ生後二ヶ月には届かないかという洸の場合は、どうやらやっと<喃語>と言われるものを口にし始めたようだった。


ちなみに人間の赤ん坊で生後二ヶ月くらいであれば、喃語の前段階である<クーイング>と呼ばれる、「あ~」「く~」等の本当に簡単な発声を始める頃だろうか。それを思えばやはり成長は早いと言えるのかもしれない。


「は~い、何かな~?」


応えるようにアオが笑顔で顔を寄せると、洸は小さな手を伸ばして、彼女の顔をぺちぺちと叩き始めた。


「あらあら、洸…!」


思わずさくらがたしなめようとするが、アオはむしろ頬を緩めて、


「いい、いい。好きにやらせてやれ」


とさくらを制した。


ミハエルが言う。


「この時期の赤ん坊にはまだ、<理屈>というものが理解できないからね。叱られても何を叱られてるか理解できないんだ。だから叱っても意味がないんだよ。やめさせたい時には、興味を他に向けさせるのが早い」


だけど、アオはむしろ洸の柔らかい手の感触が味わいたくて、


「ん~♡ ん~♡」


と声を上げながら余計に顔を近付けていった。


すると今度は、


「ん~っ!」


と、それまでの柔らかい感じの声から一転、明らかに機嫌を損ねたかのような強い感じの喃語を発しつつ、洸がアオの顔を押しのけるように掌を押し付けてきた。


どうやら、


『近すぎだ!』


と言いたいらしい。


「おお~っ!? 自己主張してる……!」


明らかに自身の意思を伝えようとしている洸の様子に、アオは感心した。


昨日までは見られないものだった。


一日一日、それどころか、午前中はできなかったことが午後にはできるようになっていたりすることに、感動さえ覚える。


「すごい! 成長してる……!」


そう。まさに<成長>だった。洸は成長しているのだ。


「これが育児の醍醐味か……!」


体の奥深いところからあたたかいものがぶわ~っと噴き上がってくるのを感じつつ、アオは言った。


「ですね…!」


さくらも頬が緩むのが抑えられないといった様子で声を上げた。


洸がこうして成長している実感がたまらない。


しかし、さくらが帰ると、洸はやはり狼の姿に戻ってしまった。


だが、アオは、その狼の姿の洸も可愛くて仕方なかったのだった。


「いや~、ぷくぷくとした人間の赤ちゃんの可愛さともふもふとした狼の赤ちゃんの可愛さとを同時に味わえるとか、まさに『一粒で二度美味しい』状態ですな♡」


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