変化

盗用問題の件については、それを行った作家は契約を打ち切られ、かつ、さすがに悪質だということでそれまで発行された作品の全てが絶版、回収の対象となった。その上で本来の権利者と出版社双方から損害賠償請求を起こされ、現在も争っている状態だという。


ちなみにその問題の作家は、実家が資産家で、『もし敗訴しても痛くも痒くもない』と嘯いているのだとか。


「いや…同じ創作者として慙愧に堪えんな……」


アオも苦々しく呟いた。


「だが、私も他人事じゃないかもしれん。意図的に盗用する気などさらさらないが、かつてどこかで見た文章が記憶の中に残ってて、自分でも気付かないうちにそれを基に書いてしまうということがないとは言えんからな」


「はい、それについては、それこそご本人に悪意も自覚もないことなので、かえって対応が難しいですね。だから私達編集も気を付けてるんですけど、だからといってすべての作品を一言一句まで覚えるなんてことはできませんから、ある意味では運任せなところもあります」


「だよなあ。まあ、その辺もあって、私はここ十年以上、他の作家さんの作品は読んでないんだよな。万が一、無意識のうちにってことがあると困るし」


「何だかもったいないですよね」


「でもまあ、私自身、自分の作品を読むのに忙しくて他の人の小説についてはじっくり読めんからそれほど気にしてないが。


アニメについてはある程度の作業をしながらでも見られるし、メディアの違いで全くそのまま使うってこともできないし、助かってるよ」


「けど、気を付けてくださいね。『何となく似てる』程度ならどうにかできても、それでも限度がありますからね」


「おう、もちろん気を付けるよ。私は一番の読者である私自身の為に書いてるんだ。そんなことしたら最も厳しい読者である私自身が許しちゃくれん」


「是非そうであることを祈ります」




そうして今日の打ち合わせも終わり、さくらはアオのマンションを後にした。そこに、エンディミオンがスッと近付いてくる。


「……まだ監視を続けるの?」


スマホを手にしながらそう問い掛けるさくらに、エンディミオンはシニカルな笑みを浮かべながら、


「当たり前だ。オレは騙されんぞ」


と吐き棄てるように言う。


そんな彼に、


「……はあ……」


さくらは悲しげに溜息を吐いた。


彼の価値観や生き方に注文を付けられるような立場でないことは分かっている。それを理解したいとも思う。けれども、やはり納得はできないのだ。


しかし、この頃、実はエンディミオンの心理状態にも変化が生じつつあった。本人は認めようとしないだろうが、確かに変化しているのである。


『こいつの悲しそうな顔は見たくはないな……』


という気持ちが、うっすらとではあったが紛れもなく生じていたのだった。


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