いないもの

今回、ミハエルがストーカーに決定的に目を付けられる一番の原因になったのは、アオが彼を連れてショッピングに出かけた際に出くわしてしまったことであるのは事実であろう。


アオもそれは分かっているし、申し訳ないと思っている。しかしそれについてはミハエルからも、


「気にしないで」


と言われていた。


実際、ショッピングの際に見付かってしまったのは単なる偶然でしかなく、そもそも見かけたのがいつものコンビニであったとしてもあの女性は、


『運命の出会いだ…!』


と考えたに違いない。だからショッピングに連れて行ったことは関係ないのだ。


だがそれにしても、彼女はどうしてこんなにミハエルに執着するのであろうか?


人が誰かを好きになるというのは本来ならば素晴らしいことの筈である。にも拘らず、好きになった相手を不幸へと貶めるような愛し方をする者は確かにいる。


どうしてそんなことになってしまうのだろうか……?




女性は、いわゆる<未婚の母>の子供としてこの世に生を受けた。


こう書くと、


『やっぱり未婚の母みたいのがダメなんだ!』


と極論を吐く者が必ずいるが、現実はそんな単純なものではない。未婚の母の下に生まれようとも真っ当に育つ者も現にいるのだから、それだけが原因になることはないのだ。


事実、両親が揃っている家庭に生まれた者が事件を起こした事例とて、決して少なくはないのだから。


未婚の母であるとか、両親が離婚したとか、そういうのは決して直接の原因とはなりえない。影響することはあったとしても、決定打とはならないのである。


もしそれだけで決まってしまうのなら、全ての事例で同じ結果にならなければおかしい筈だが、実際にはそうではない。


『未婚の母だから』


などと軽々しく言う者は、現実を見ていないと言えるだろう。


ただそれでも、彼女の母親自身は、正直言って褒められた人間でなかったこともまた、事実だった。


生まれたばかりの彼女を祖父母に預けては男性と浮名を流す、元より<母親>としての適性が高いとは決して言えない人物であったようだ。


だから彼女には、母親の思い出が殆どなかった。たとえ多少覚えていることはあっても、いつも派手な化粧をして、見るたびに違う男を連れて、彼女が母親に甘えようと近付けば、


「邪魔! あっち行ってろ!」


と怒鳴りつけるような人間だった。


幼い彼女の目には、そんな母親の姿がどのように映っていたのか……


それについては、彼女自身が自分の母親のことを『いないもの』と見做して記憶の片隅に押し込めてしまっているので、実際のところは何も分からない。


ただ彼女は、


『私は必ずちゃんとした素敵な人を見付けて幸せになる……!』


と強く心に誓っているのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る