理由

「ところで例のストーカーの件なんですが、それって、緩くウェーブした肩までの髪で、ブランド物のビジネススーツで決めて、ややきつめのメイクをした、二十代半ばから三十前後くらいの女性ですか?」


「おう、大体そんな感じかな。でも、どうしてお前がそれを?」


「やっぱり……実はエンディミオンがそれらしい女性をこのすぐ近所で見かけたと言うんです」


「あ~……まあ、そういうこともあるだろうな。なにしろ向こうの家もこの近所なのか、時々、コンビニで見かけるらしい。ミハエルは彼女の姿を察知するとその時点で気配を消してやり過ごすから、今のところは見つかっていないが」


「そうですか……」


「で、それがどうかしたのか?」


「いえ、先生やミハエルくんが無事ならそれでいいんですけど、エンディミオンがどうも今回の件を面白がってしまってるみたいで」


「ああ、なるほど。にっくき吸血鬼がストーカートラブルに巻き込まれてるってのが彼には面白い感じか」


「と言うか、そのストーカーが何か事件を起こすかもしれないってのを面白がってる感じなんです」


「むう…それはやっかいだな。


しかし、それはお前の責任じゃないし、お前が気にしても仕方ないと思うんだが?」


「それはそうなんですけど、彼が面白がってるっていうのが申し訳なくて……」


「お前は本当に真面目だなあ……でもそれがお前の良いところか。


じゃあやっぱり、引っ越しした方がいいかもしれないな。そうすれば例のストーカーが何か事件を起こしても、エンディミオンが直接それに関わることもないだろう」


「え…!? でもそれじゃ、私達のために引っ越しするってことに……! そんな迷惑は掛けられませんよ…!」


「いやいや、迷惑とかそんなことは全然ないぞ。むしろ十分に引っ越しする理由になる。今、物件を当たってるところなんだ。いいのが見付かればそれこそすぐにでも引っ越そう。そのために片付けも始めてるんだ」


そう言って、アオはリビングをぐるりと見回した。するとところどころに段ボールが積み上げられているのが見える。


さくらの位置からは見えなかったが、その段ボールには『不用品』と書かれていた。まずは要らないものから処分にとりかかっているということなのだろう。


「そんな……」


引っ越しをするだけなら自由なのでとやかく言うことではないとさくらも分かっている。ただ、それが、


『エンディミオンに事件を起こさせない、事件に関わらせない』


ためであるというのなら、申し訳なく思ってしまうのも事実だった。


「先生……」


申し訳なさそうに自分を見るさくらに、アオは、


「そんな顔をするな。お前が悪いんじゃない」


と屈託なく笑ったのだった。


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