唖然

「……」


「……」


正直、もう帰ってこないかもしれないと覚悟も決めたミハエルが、ものの五分もしないうちに、しかも見知らぬ少年を伴って帰ってきたことに、アオは元よりさくらまでもが唖然とした表情で出迎えていた。


「なんだその顔は、お前ほどおかしなことはしてないハズだがな」


ミハエルに連れられた<少年>は、酷く横柄な態度でアオにそう話しかけた。


「オレの名前はエンディミオン。そこの女に確認したいことがあってきた」


言いながら少年は、エンディミオンは、さくらを見る。


『え? 私…!?』


突然話を振られて驚いたさくらだったが、真っ直ぐに向けられた彼の瞳にハッとなる。


『あ…そうか、彼と戦っていいのかどうかってことを訊きたいんだ…!』


彼は、『お前の信頼を得た上で先生とやらにお目通り願おう』と言っていた。それは事実上、さくらの承諾がなければ吸血鬼とは戦わないと言っているのと同じだろう。


だから彼女は言った。


「ダメです。戦わないでください。私は認めません」


さくらのその言葉に、


「え…?」


と呆気に取られたのはミハエルだった。


吸血鬼と戦う為に人間に承諾を貰うバンパイアハンターなど、それなりに長く生きてきたミハエルでも初めてだったからだ。


だが同時に、改めて察してしまった。この二人の関係性を。


何らかの形で信頼の上に成立しているのだと。


元よりさくらがバンパイアハンターについて話した時から普通ではないと感じていた。多くの人間はこういう時、バンパイアハンターの味方をしていても脅されて協力させられているとしても、何とか誤魔化そうとするのが多いにも拘わらず彼女はまったくそんな素振りさえ見せなかった。


これまでにも、そこまでは何度かあったものの必ずしも多くはなかった。それに加えて、人間の方が優位な立場にあるとなれば、それこそ彼が知る限りでは数件しかない。


その場合でも、いざ吸血鬼を前にすれば抑えが効かないのがバンパイアハンターというものだとミハエルは認識していた。


そして、そんなミハエルの反応を見ていたのがエンディミオンだった。目の前の吸血鬼が、もしさくらに敵意でも向けようものなら、さくらに『お前を守る』と告げたことを根拠にして攻撃を仕掛けるつもりだった。


なのにこの吸血鬼は、まるでそんな気配さえ見せなかった。


だからエンディミオンとしても手を出そうにも出せない状態だったのだ。


そんな奇妙な緊張感の中、アオとさくらはハラハラとしながらただ成り行きを見守るしかない。


もっとも、ミハエルはアオに危害を加えられるようなことでもない限りは何もする気はなかったし、エンディミオンはエンディミオンで、さくらに危険が及ぶか彼女の許可がなければ手出しはしないつもりだったので、心配するまでもなくどちらも動けなかったのだが。


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