フェイク

『僕が感じた通りならいいけど……』


アオの部屋のベランダから飛び降り、地面に向かって落ちていく僅かの間に、ミハエルはそんなことを考えていた。


彼には予感があったのだ。あの、さくらという女性と共にいる<バンパイアハンター>についての。


急速に地面が迫りつつも彼は少しも慌てることなく、それこそまるで羽毛でも落ちたかのようにふわりと着地した。


と同時に走り出し、マンションに隣接する公園へと駆け込む。そこからただならぬ気配が発せられていることに気付いたからだ。


既に日は暮れてるとはいえ、まだ宵の口にも拘わらず、そこにはまったく人影がなかった。その理由もミハエルにはすぐに分かった。


「結界か……」


人間に邪魔をされないように、人除けの結界が張られているのが察せられたからである。


それは、ミハエルにとっても好都合だった。人間を巻き込みたくないが故に。


すると彼の前に、ゆらりと何かが現れる。


一見するとミハエルとほぼ変わらないくらいの年頃に見える<少年>。


無論それはただの人間ではない。


「君が…バンパイアハンターだね…?」


ミハエルが穏やかに問い掛けるものの、既に攻防は始まっていた。お互いの力量を図る為に、人間の目には見えない<何か>が二人の間に満ちている。


キリキリと音でも立てそうなくらいの緊張感が凝り固まっていくようだ。


なのに突然、その緊張感が何の前触れもなく解かれた。


「!?」


意表を突かれたミハエルが、僅かに驚いたような表情を見せる。


この状態で緊張を解くというのは……?


『フェイント…?』


突然緊張を解くことで出鼻をくじくのが目的かと思い、気持ちを切り替えようとした彼に、不意に声が掛けられた。


「……お前の家に案内しろ。話はそれからだ……」


「……え…?」


呆気に取られるミハエルに、苛立ったようにさらに声が掛けられる。


「お前の家に案内しろと言っている。でなければオレはこの結界を解き、この周辺すべてを<戦場>にする。お前を始末するためなら手段は択ばん」


金属のように硬質で冷たい声で<それ>は言った。


「……分かった……」


眼前のバンパイアハンターの言葉に嘘はないと察したミハエルは、彼を、現在のミハエルの住まいでもあるアオの部屋へと案内することにした。


そんなことをすればアオが危険に曝されることは分かっていたが、周囲に影響が及ぶとなればそれこそミハエルの望むところではない。


それに、部屋に入れて動き回れる空間が狭められれば、むしろ対処もしやすいという判断もあった。


油断を誘うためのフェイクである可能性もあるものの、取り敢えず今は言う通りにするのが得策かと考えたのであった。


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