誠実に

時間は少し遡る。


さくらが打ち合わせの為に訪ねてくる直前、ミハエルは、


「僕は隣の部屋で待ってるよ」


と言ってそちらに移った。


そうして約束の時間丁度にさくらが部屋を訪れ、入ってきた瞬間、


「ダンピールの匂い……!?」


ドアを閉めた隣の部屋にいながらも、ミハエルはそれに気が付いた。ドアの僅かな隙間からでも空気が流れ込めば彼には察知できてしまうのだ。


『日本に来てもダメか……』


ミハエルも、これまでの人生の間で、何度かダンピールに遭遇し、命を狙われたことはあった。彼はもうそういうことには関わりたくないから、日本に来たというのもあった。


それでも、日本にくれば間違いなく安全だと思っていた訳でもない。世界のどこにいても百パーセント逃れられるという保証がないことも分かっていた。だから覚悟は常にあったのだ。


そして、


「先生、実は……」


と話し始めたさくらの言葉も、しっかりと耳に届いてた。




「実は、私は今、<バンパイアハンター>を名乗る男の子と一緒に暮らしてます。


……なんて言ったら、頭がおかしくなったと思いますか?」


「……!」


さくらの突然の告白に、アオは息を呑んだ。だがそれは、彼女の言ってることが突拍子もないことだからでも、彼女の頭がおかしくなったと思ったからでもない。


彼女の言葉が嘘じゃないだろうことを理解しているからである。


その時、隣の部屋のドアが開いて、ミハエルが姿を現した。


「その話、詳しく聞かせてもらえますか?」


静かに、穏やかに、まるで気負った様子もなく、ミハエルはただ問い掛けた。


そんな彼の様子に、今度はさくらが驚かされる番だった。


彼の口ぶりからすると、さくらが何を言っているのかちゃんと理解した上で話を聞かせてほしいと言っているのだと分かる。


こういう時、フィクションでは何とか誤魔化そうとして、でも誤魔化しきれなくてお互いに気まずくなってしまったり、疑心暗鬼に囚われたりというのが定番のはずなのに、バンパイアハンターと共に暮らしている彼女の前に、その<吸血鬼らしき少年>は、まるでそうするのが当たり前だと言わんばかりに堂々と姿を現したのだ。


彼のそんな鷹揚とした態度に、


『これは、下手な誤魔化しは通用しないだろうな……』


と思わされた。


だから逆に、彼女の方も腹が据わったのだろう。


「……あなたは、吸血鬼ですね……?」


などと、単刀直入に尋ねることができた。


すると彼も、


「はい。そうです」


と、まるで年齢でも訊かれて答えるようにあっさりと認める。


その潔さに、さくらもさらに背筋が伸びる思いだった。


『誠実に対応しないときっと後悔する……』


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