覚悟の上

『なんか悩み事でもあるのか?』


アオに突然そう訊かれて、さくらは答えに困っていた。悩み事と言えば悩み事だし、違うと言えば違うし、そもそもアオに話していいことかどうかというのも……


だが、アオは言う。


「悩み事がないのならないで構わんが、お前の調子が悪いと私まで調子が狂う。


私に話せば解決するとは言わないし、解決してやるとも言わない。だが、作家と編集はチームだと言うのなら、個人的なことで足を引っ張るようなことはしないでもらいたいものだな。


プロであるなら」


「先生……」


自分を真っ直ぐに見詰めて言葉を紡ぐアオにさくらはそう呟くように口にするのが精一杯だった。


言葉そのものは厳しいが、そこには彼女なりの気遣いが込められているのは分かった。視線と口調が優しいのだ。他人には分からないかもしれなくても、ずっと彼女と付き合ってきたさくらにはそれが分かる。


アオはさらに言う。


「チームである以上、お前の悩みは私の悩みでもある。その辺りのマネジメントも、お前なら承知しているのではないのか?」


そこまで言われては、さくらも観念するしかなかった。


確かにアオに対しては告げにくいことではある。しかし、自分が承諾するまで手出しはしないと<彼>が約束してくれていてもアオ自身にも直接かかわることなのだ。それを告げずに黙っていることの方が彼女を危険に曝すことになるのではないのか?


『やっぱり、ここはちゃんと情報共有して前後策を練らないと……』


もとより、彼からは、自分のことを口にするなと言われてる訳でもない。彼の様子を見ていいたさくらの実感としては、たとえ自分がこのことを話したとしても、それでもなお吸血鬼を仕留める自信があってのことなのだろうと思えた。だから『黙っていろ』とは言わなかったのだろう。


自分の承諾がない限りは手を出さないと言っていたのは、そういうことではないのか?


彼は今、このマンションの外で待機している。襲撃する気なら既にそうしてるだろう。しかも、彼が、自分に移った吸血鬼の匂いで気付いたということであれば、吸血鬼の方も、匂いで気付くと考えた方が自然だろう。


そう。自分が今、バンバイアハンターと行動を共にしていることについては、既に悟られてると考えた方が自然なのだ。


だから彼女は決心した。


「先生…実は……」




結論から言ってしまえば、さくらの読みはその通りだった。


ミハエルは既に彼女が部屋に入ってきた時には気付いていたのである。


『日本に来てもダメか……』


けれど、ミハエルは落ち着いていた。元よりこういうことがあるのは覚悟の上だったので、慌てることもなかったのだった。


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