完璧な存在
アオにとって精神的な負担となっているのは、両親との関係だけではなかった。彼女には三歳年上の兄がいるのだが、これが現在、国家公務員として順調にキャリアを積んでいる、絵に描いたようなエリートで、まさに両親にとっては、
『最高に自慢できる、どこに出しても恥ずかしくない息子』
だった。だから余計にアオはそんな兄と比べられてしまうのだった。しかもその兄も、<ラノベ作家>である彼女のことは話をするのも汚らわしいとばかりに、もう十年くらいまともに口もきいていない。
十年前はまだプロ作家ではなかったが、同人でやはりラノベを書いていたのだ。兄にとっては、
『同人誌をやっている』
ことも軽蔑の対象だったらしい。
だが、決して悪人ではないのだ。真面目で優秀で品行方正で、悪事に手を染めたこともない。
まあせいぜい、自動車もほとんど通らないような小さな交差点で信号を守らないとか、駐輪禁止のところに自転車を停めたりだとか、傘差し運転をしたりだとか、自動車でなら駐車禁止違反をしたりだとか、携帯電話で通話しながら運転したりだとか、制限速度四十キロのところを他の自動車の流れに乗って六十キロで走ったりだとか、ゴミのポイ捨てをしたりだとか、電車に乗れば優先座席が空いていればそこに座ったりだとか、エスカレーターを駆け上がって高齢者を危うく突き飛ばしそうになったりだとか、歩き煙草で危うく子供の顔に煙草の火をぶつけてしまいそうになったりだとか、歩きスマホで他人にぶつかりそうになったりだとか、本当に誰しもがやってしまいがちな些細な違法行為やマナー違反くらいである。
しかし、アオはそんな兄が大嫌いだった。『真面目で優秀で品行方正で、悪事に手を染めたこともない』という態度をしながら、細かいところではルールもマナーもお構いなしというその裏表のある人間性が何より嫌悪の対象だった。
そしてそれは、彼女の両親にそっくりなのだ。
「人間なんて完璧な存在じゃないなんてのは分かってるんだよ。私だって見ての通りボロボロだしさ。
ただ、『真面目で優秀で品行方正で、悪事に手を染めたこともない』っていう態度を取るんなら、それを貫けって思うんだよ。中途半端なところで『これくらいいいだろう』ってすんなってさ。
もし『これくらいでいいだろう』ってしたいんだったら、『自分は完璧人間だ』的に偉そうにしないでほしいんだよね。
私も担当相手に偉そうなこと言っちゃうけど、それは創作に関する部分だけにしようとは思ってるんだ。その部分は私も拘りがあるからさ。
だけど人間性の部分じゃロクなものじゃないってのは分かってるつもりなんだよ」
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