小さな国
「取り敢えず、さくらを何とかできたのなら後はそんなに心配要らないと思う。うちに訪ねてくるのって、さくらくらいだし」
没になった原稿についての説明とそれに代わる作品の構想についての打ち合わせが終わり、月城さくらは帰っていった。その後で、ミハエルに紅茶を淹れてもらいながら霧雨は言う。
「他には、誰も来ないの…?」
ティーカップを差し出しながら不思議そうにミハエルが尋ねる。
「うん。友達って言うか同人仲間は何人かいるんだけど、お互い、プライベートスペースにはなるべく立ち入らないっていうのが暗黙のルールになってんだよね。集まる時はそれ用の部屋があるんだよ。仲間の一人の実家がお金持ちで、もうすぐ三十になるのに小遣いを月に三十万ほどもらってて、それで、集まる用の借家を自宅とは別に借りてんのよ」
「へえ…」
普通に<お金持ちの友達エピソード>を話しているのに、それに対してはミハエルは食いついてこなかった。
『さすがに長命な吸血鬼だと、その程度の話だとセレブ扱いにならないってことかな…』
と、平然としている彼の様子を見て彼女は思った。だから訊いてみたのだ。
「ミハエルの知り合いにお金持ちっていた?」
すると彼は、事もなげに、
「うん。領主の友達とかもいたから」
と答える。
「領主…!?」
「そうだよ。小さいけど<国>を治めてる王様みたいな感じかな。別荘のお城に何度か遊びに行ったこともある」
「お城が別荘……!?」
驚く霧雨に、ミハエルはふわっと微笑みながら、
「そんなに珍しいことじゃないよ。小さな国が集まって一つの大きな国を作ってるところもあるし、そういうところの<領主>って普通にお城に住んでたりするから」
と答えてみせた。
「はひ~、そういうものなんだね…」
「吸血鬼は長生きな分、知識も豊富だから、人材として割と重宝がられることもあるんだよ。もちろん吸血鬼ということは隠してる場合も多いけどね。だからあまり長く一所にはいられないというのもあるけど」
「そっか。時間が経っても見た目が殆ど変わらなかったりするとやっぱり不信がられるってことかな」
「うん。伝えられてる通り日の光も苦手で昼間はあまり外に出ないし、ニンニクとか十字架も好きじゃないから、疑う人は疑うよね」
「太陽の光を浴びるとやっぱり灰になっちゃったりするの?」
「すぐに灰になったりはしないけど……でも一日曝されてると体が崩れちゃうっていうのはある。ニンニクも十字架も銀の杭もそれだけじゃ殺せないけどね。ただダメージはあるよ」
「へえ。致命傷にはならないんだ…?」
「うん」
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