魅了

ミハエルと一緒に暮らし始めて一週間。担当編集の月城さくらが蒼井霧雨の自宅を訪れていた。


「……先生…」


「なんだ…?」


「ついにやってしまいましたね…」


「何をだ…?」


「何を、って…とぼけないでください」


「だから何をだ…?」


「その男の子ですよ…!」


「ミハエルがどうかしたか?」


「どっから連れてきたんですか……?」


「何を人聞きの悪いことを。ミハエルは私の遠い親戚だ。もっとも、私もつい最近それを知ったんだが」


「はあ…? そんな話を信用する人間がいるとでも思ってるんですか?」


「信用するもしないも事実だ。何もやましいところはない」


「……先生。今のうちならまだ間に合います。本当のことをおっしゃってください…! 傷が浅いうちならまだリカバリーもできます。会社の担当弁護士も紹介してあげますから…!」


「お前、失礼にも程があるだろう? そんなに担当作家を犯罪者に仕立て上げたいのか?」


「だってだって有り得ないじゃないですか!? こんな完璧美少年が先生の親戚だなんて…!!」


「ふざけるでないわ! このヌケサクが!! 馬鹿にするのもほどほどにしろ!!」


などと不毛なやり取りを繰り返す霧雨の袖口を、ミハエルはついと引っ張った。そして彼女の耳に顔を寄せて、


「やっぱり無理だよ…信じてもらえないよ……」


と耳打ちする。


そんなミハエルに霧雨は、


「でも、彼女にはなるべく理解してもらいたんだ。その方がきっと力になってくれるし」


「だけど、あの目は完全に不信の目だよ……」


「う…確かに……」


「お姉さんが承諾さえしてくれたら、僕が上手くやれるよ。僕達はずっとそうして人間達の間で生きてきたんだ……」


ミハエルのその言葉に、霧雨は少し寂しそうに目を伏せた。


「そうするしかないのか……だけどそれってなんか悲しいね……人間は結局、異質なものは受け入れられないんだってことだし……」


「……そうかもしれないけど、僕はもう慣れてるから。気にしないで……」


ミハエルの気遣いが胸に痛い。そして霧雨は目を伏せながら言った。


「……分かった…お願い……」


彼女の言葉を受けて、ミハエルはスッと月城さくらの目を見た。その瞬間、何か目に見えないものが月城さくらの体にストンとハマるのが感じられた気がした。


そして……


「……そこまでおっしゃるのなら信じましょう。だけど、あんまり大っぴらにしないでくださいね。あくまで私だから信じるんですから…!」


などと、急に物分かりの良いことを言い出した。


それは、魅了チャームの力の応用だった。それによって相手の認識を誘導するのである。


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