第44話

 快音を残して、打球がバックスクリーンに消えていった。信じられないという顔をして椎名猛はマウンドに立っていた。


 僕はマウンドに駆け寄り猛の腹に気合いを入れてやる。


「まだ、最初の一球じゃない背筋を伸ばして」


 一言かけホームベースの後ろに戻っていく。


 東京ドームに詰めかけた観客はこの一球で奈落の底に突き落とされた。メジャーリーグベースボール通称MLBの開幕戦が東京ドームで行われている。MLB投手、椎名猛を見に来た人が会場を埋め尽くす。


 ポスティングシステムを使い23才の若さでここまで上り詰めた。昨年まで横浜ドルフィンズに在籍、ルーキーイヤー後には毎年20勝を超える成績を残し続けている。5年間で100勝その怪物が満を持してMLBの先発選手として登場しホームランを打たれたのだ。


 彼の魔球はMLBで通じないという不穏なムードが球場全体を包み込む。しかし、そこから彼らは奇跡を見ることになる。


 8回を終えて三振の数は19個、初回のホームランを除いて一塁ベースを踏ましていない。得点差は一点ビハインド。9回の表彼はマウンドに向かう。球場のボルテージは上がり続ける。


 日本ではもう見慣れた魔球に触ることさえ出来ない異国の巨人達。ストライーーーーーーーーーク。主審の声が球場に響く。ファンの一人が掲げるボードにKの数がまた一つ増えた。20、21重ねる三振の数。22個目のKに46000人の歓声が一気にドーム球場を破壊した。


 三者三振9球でこの回をしめると会場の歓喜は止まらない。ベンチに戻る世界一の投手に観客席からスタンディングオベーションが鳴り響く。


 こんな気持ちの良い負け試合を経験したことは誰もいなかった。ドーム球場を後にする人たちの恍惚とした笑顔笑顔笑顔。彼らはこの日野球の神様の誕生を見た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る