第26話
梅雨前線の影響で雨が続き、水はけの悪い第三グラウンドでは練習が出来なくなっている。室内練習所は一軍の部員が使っており、いつもは人が少ないトレーニング室も、ベンチプレスを上げる三軍選手で埋まっている。四軍部員は校舎内の階段を使って筋力トレーニングに励む。悲しいことにグラウンドの使えない日は、四軍部員の三分の一は練習を切り上げ帰宅しているのだが……。
一方、一軍の練習は熾烈を極めていると聞く。入部部員の減少は学校収入にも大きく関わってくる。野球やサッカーで有名になると翌年の受験生の数はいつもの年より倍以上に膨らむ。そういうことで、理事長が監督にかなり強い発破をかけたらしい。この噂は一、二軍の練習で怪我をして四軍落ちしてきた沢山の部員から聞いた話。しかし、四軍は乳母捨て山か!
そんな乳母捨て山に捨てられた部員に、怪我の直し方など的確なアドバイスを誠はしている。どこで仕入れた知識か不思議なのだが、病院はもちろん腕の良い整骨院や鍼灸治療の名人、安くて上手いマッサージ店などその見識の広さには驚かされるばかりだ。
先生の都合で朝練が中止になっていたにもかかわらず、いつもの時間に自然と身体が起きてしまう。身体が運動を求めているので、近くの壁当てが出来る場所までグローブを持ってランニングする。昔はここでよく壁当てをしていたが、本格的に野球をやり始めてからは足が遠のいた。たまに自転車で通る時もあるが、野球をしている子供などほとんどいない。サッカーやテニスボールを使って壁当てをしている子供達ばかりだ。
まだ6時前だというのにコンクリートの壁から音がする。よく見ると誠がセカンド送球の練習をしていた。彼女も俺と同じだったと苦笑して近づこうとしたが、あまりにも一生懸命に練習をしていたので声をかけ辛くなった。壁の前には投球したボールが沢山転がっていて、どれだけボールを持っているんだよと心の中でツッコんでしまった。
暫くすると全部のボールを投げ込んだのか、散らばったボールを拾い集めていた。俺も練習に付き合うよという間もなく彼女は帰ってしまう。声をかけそびれてしまい、仕方なく壁にボールを当てる。壁をよく見ると綺麗な○が書いてあり、彼女はその的に向けて投球していたことが分かる。俺もそこにボールを決め、コントロールの上達を自画自賛した。
そのとき違和感を感じた――その違和感が何であったかすぐ理解できた。壁に書かれた的には幾つものボールの跡が残っている。数回投げたぐらいでそんな跡は残らない……彼女はその的に向けて何万回ものボールを投げ込んでいた。もちろん今日一日で出来る事ではない。
俺はハッとした! 彼女は朝練が休みになったからここで練習していた訳ではない。毎日この場所で練習してから部活の朝練に参加していた……。
俺は魔球を手に入れてから無自覚のまま、心の内で彼女を追い越していると思っていた。その慢心した気持ちに気がついて忸怩たる思いで一杯になった。コンクリートに残されたボールの跡を触りながら、いつかこの努力がプロ野球で開花する――その光景を思い描き胸を熱くさせた。
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