溺愛されるままに

無自由

監禁ー1


 私を縛る その目も その指もーー……。


「すみません。道を訊いてもいいですか?」


 街中を歩いていたら、声をかけられた。

 知らない男の人。普通の人にしか見えない。サラリーマン風の二十代半ば。

 時刻は夕方五時。警戒する時間でもないし、決して人通りの少ない場所でもない。

「いいですよ」

 私は笑顔でそう返した。

 声をかけられたとき、正直嬉しかった。

 艶のある自然な茶色い髪、切れ長の二重まぶた、整った顔立ち。タイプだった。なにより笑顔がいい。

 だから、道を訊かれてラッキーだと思った。

 男の人が持っていた地図と今いる位置とを照らし合わせながら歩く。彼は、私のすこし後ろをついてきた。目的地までそう遠くなかった。

「ここです」

 立ち止まる。たどり着いたところは、薄暗く人気のない場所だった。

「ありがとう」

 男の人の声が聞こえる。けれど、ボンヤリしてきた。視線を彷徨わせるも、景色が二重に見える。

 フラフラする。身体に力が入らない。なにかを掴もうと手を伸ばした。なにも掴めなかった。

 そのかわりに誰かが私を抱きしめた。意識が薄れていく。

「大丈夫ーー」

 囁き声とともに、意識は途絶えた。

 道を訊かれたとき、いっしょに行くつもりなんてなかった。ただ口だけで説明して去るつもりだった。それなのに、

「時間あるので、いっしょに目的地まで行きますよ」

 なんて自分から言ってしまった。少し話してみたい。なんて思ってしまった。

 あの笑顔の裏に、おぞましいほどの腹黒さが隠されているとも知らずにーー。


「ん……」

 目が覚めた。重たい瞼をなんとか持ち上げる。蛍光灯の明かりが視界に入った。けれど、ここがどこかわからない。

 私は殺風景な部屋の中にいた。コンクリートむき出しの冷たい雰囲気が漂う小さな部屋だ。なぜかそこで眠っていたようだ。

「ここ、どこ……?」

 起き上がろうとした。けれど、身体が動かない。

 そこで気づく。私はベッドで横たわった状態で拘束されていた。手と足片方ずつ、計四ヶ所を拘束具でがっちりと固定されている。

 ググッと拘束具を引っ張ってみた。紐状の拘束具は太く頑丈そうだ。

 辛うじてわずかに身体の向きが変えられるが、起き上がるのは困難だった。

「なにこれ……」

 恐怖が押し寄せてくる。現状を確認すべく視線を彷徨わせる。

 窓はなく、外の様子がわからない。どうやら地下室のようだ。

 真っ白な壁には電気のスイッチが一つだけ。あとは、木の机と段ボールが数個。日常用品がないわりに、ガラクタが多い。

 と、地面にデジタル式の時計が転がっていた。日付は五月四日。時刻は午後八時二分。

 道を訊かれたのは、午後五時ごろ。眠ってから二時間ほど経過していたようだ。

 それ以外に、この家の主を知るための手がかりを探ろうとした。けれど、暗くて視界がとにかく悪いことと、拘束されていることにより、うまくいかなかった。

 汗が頬を伝っていく。気づけば服もぐっしょり濡れている。脱ごうにも脱げない。

「だれか……ッ」

 恐る恐る声をあげた。

「だれか……ッ、いませんか? ねぇったら」

 けれど、だれか来る気配はない。

「たすけて! だれかぁ! おねがいっ」

 いったいなぜこんなことになったのかわからない。

 つい数刻前まで、私は外にいた。そこで、男と人に道を訊かれて案内した。それだけだった。

 なのに、なぜ私は知らない場所で拘束されているのだろう。それは恐怖でしかなかった。

「たすけて、たすけてーー! お願いだから返事してっ」

 そのときだった。

 鍵の外れる音がした。視線をドアのところへ向ける。

 だれかが、そこにいる。私は息を飲んだ。

 それは救いか、それともーー。

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