車道にて

空岸なし

1:速度

 一般道を車で運転することについて深く考え出したのはこのことからでした。



 車道では二人乗りで荷台を持つ白い車に出くわすことがあります。

 そう、軽トラです。田舎ならではでしょうか。

 多くの場合、田舎の軽トラは平均で約40km/hで走ります。たとえ制限速度が50km/hだとしてもです。

 ドライバーの間では制限速度+15くらいで走るのが一般的だと思いますが、軽トラはお構いなしです。おそらく運転手にご年配が多いことが原因だと思われ、安全運転この上なしです。

 これが現れたときにはついため息をついてしまいますが、僕は優良ドライバーなので煽り運転はいたしません。ただじっと軽トラがいなくなる時を、道を分かつ時を、ただじっと静かに待つのです。

 と、冷えた怒りの文章を書き連ねることができるくらいには、運転席での態度はよろしくありません。

 一体何を考えて運転しているんだ、制限速度以下なんて非常識だ、なんてブツブツ言いながらハンドルを握ります。仕方がありません。軽トラが悪いのです。

 そしてついにその時がやってきました。軽トラは左へ、僕は右へ、互いに背を向けた二人は二度と会うことはないでしょう。今生の別れを惜しみながら彼の行く先を思いやります。本当に残念です。

 すぐに僕はウキウキしながら加速しました。



 ところがしばらくして、後ろから迫る大きな車の影がバックミラーに映りました。

 車はすぐに僕に追いつき、ぴったりと張り付きました。

 そう、煽り運転です。昨今問題となっていますが、田舎でもこの手のマナーを持つ運転者は絶えません。

 煽り運転の何が嫌かといえば、その圧というか敵意を感じるというか、なんにせよ快適なドライブの妨げになるということです。感情的な面をだけじゃなく、もちろん事故の確率も高まるので危険です。

 車体が大きいというだけでストレスになるというのに、運転手はサングラスをしたいかつそうなおじさんです。怖い。

 しかし僕は負けません。現在速度は制限速度+15で、いくら煽られてもこれ以上の加速は僕の正義に反するのです。

 僕の……正義に……

 そのとき思いました。

 じゃあさっきの軽トラも同じことを思っていたんだろうか。これ以上は速度を上げられない、上げたくない、と。制限速度以下、あの速度が彼にとっての正義だったのだろうかと。

 後ろのグラサン煽りおじさんはどうでしょう。きっと僕の運転が遅くてイライラしているはずです。制限速度+15以上、煽り運転をしてでもそれを曲げない、それが彼の正義なのでしょうか。

 わかりあえない、どちらとも。

 僕には僕の正義があって、彼らには彼らの正義がある。

 多くの場合、道路は一本です。そのたった一本の道に各々おのおのの速度基準を持った人たちが並び、車を走らせ、それぞれの正義をぶつけあう。その衝突を避けるためにはどちらかが己の正義を曲げなければなりません。さもなくば、苛立ちや煽り運転のような軋轢を生んでしまいます。

 ゆずりあいの心がなければ社会は成り立たない。

 きっとそれは車道じゃなくても同じことなのでしょう。

 ただ、車を運転するという限られたレール上での希薄なコミュニケーションにおいて、運転者のの強さやゆずりあいの心の有無が顕在化されるのだと僕は思います。



 などとぼんやり考えているうちに、いつの間にかグラサン煽りおじさんは姿を消していました。

 結局僕は僕の正義を曲げず、譲り合うことはしませんでした。

 だって、絶対僕が正しいもん……

 何が正しいかという問いは社会において非常に難しい題材です。

 しかし車道においては、まあ普通に考えて制限速度で走るのが一番正しいのでしょう。それが唯一の絶対正義かもしれません。

 でもそこには人の意志があってもっと速く走りたいと思ってしまうし、さらに制限速度という絶対正義がありながらも正義には多数派が強いという側面もあって―――



 そうこう考えているうちに今日も無事目的地に到着したので、ここまでにしておこうと思います。

 運転速度と正義の話でした。ありがとうございました。

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