第82話『希望の都ラス・フェルトの人魔協定④』

 ここは、ラス・フェルトの本庁舎にある本会議場。ラス・フェルトの人間たちと大樹の街エラン・グランデの猫の獣人たちの話し合いは……今のところ上手くいっています。


 傲慢な霧の女神様は大人しくされているので、今がチャンスです!



 私は白い瞳のルーン・グローリア。


 私も、養母様おかあさまの吸血鬼の一員として意見を求められました。食料や水の確保について、私たち、養母様おかあさまの配下が口に出したいことは特にありません。逆に、吸血鬼の食料について質問がありました。


 私たち、吸血鬼にとって、人の血は好物です。



 どうしよう、どう答えたらいいかな? 私が困っていると、誰かに指で、背中を軽くつつかれた。振り向いてみると、茶色のクマのぬいぐるみを持っている小さな鬼がいました。


 隣にいる獣人のフィナは可愛い鬼に気づくと、少しイラっとして、また私をじーと見ています。『え?……フィナ、私何もしてないよ? きっと、養母様おかあさまが気づいて助けてくれた。養母様おかあさまの招魂魔術、便利だな~。』



 養母様おかあさまのぬいぐるみを抱えている、養母様おかあさまの大切な忠臣ちゅうしん。体は痩せ型で、病人の様に体が白い。今は髪を桜色に染めているので、より可愛らしく見えます。


 彼女はめんどくさがり屋? 養母様おかあさまが言わないと、染めるのを忘れてしまうそうです。



 三大魔王の1人―幽鬼ゆうきシャノン様。


 転移魔術が得意で、養母様おかあさまの密偵として、物静かに着実に進めていきます。クマのぬいぐるみを持っているから、可愛らしい少女にしか見えません。



 とても羨ましいことに、吸血鬼の上位種になっておられるので、日の光はまったく問題にならないとのこと。



 私は養母様おかあさまと約束したことがあります。


 これからは、養母様おかあさまと一緒に行動すること。私が成長して、一人で行動できる様になっても、絶対に一人で人間の都ラス・フェルトに近づかないこと。



 今、私はラス・フェルトにいます。しかも、私と養母様おかあさまが捜していた、丘陵にある古代の遺跡ではなく……近づいていけないと言われた人間の都で、養母様おかあさまの大切な忠臣ちゅうしん、シャノン様と合流できました。配下の吸血鬼たちも、ラス・フェルトの本庁所の地下に招かれています。



 本当に何が起こるか分からない。でも、状況が好転していくのなら、それはいいことです。皆、最後まで生き残ろうとしています。人間や獣人、吸血鬼……必死にいきているのなら、皆同じです。


 誰も傷つきたくない、誰も不幸になりたくない。誰もが幸せになりたい。




 私やフィナの前へ歩いてきた、シャノン様は、養母様おかあさまの気持ちを代弁しています。


 堕落神―養母様おかあさまの要求は一つだけ。配下の吸血鬼たち―魔物の異端者死にぞこないに対して戦闘行為、威嚇や脅迫行為のなどの敵対行為を行わないこと。


 意図していないこと。例え、偶然の事故であったとしても、重大な損害が生じた場合は、即座にお前たちを敵とみなす。



 我々、魔物の異端者死にぞこないは人間の都ラス・フェルトと大樹の街エラン・グランデを有益なものだと認めよう。


 そして、私たち、養母様おかあさまの配下は、ラス・フェルトの住人や大樹の街エラン・グランデの猫の獣人たちを決して傷つけない。絶対に食べないことを約束するとのことでした。



 魔物の異端者死にぞこないにとって、養母様おかあさまの命令は絶対です。人の血を吸いたくなっても、別のもので我慢しないといけない。私たちも、生き残れる別の方法を考えないといけません。



 この時、迷い星テラに住む、ラス・フェルトの住人たちと魔物―獣人や吸血鬼たちは、お互いに戦闘行為、威嚇や脅迫行為のなどの敵対行為を行わないこと。この点において合意することができました。これだけでもすごいことです。


 今は形だけで、具体的には何も決まっていませんが、とりあえず協力関係―ラス・フェルトの人魔協定を結ぶことはできそうです。



 問題はこの協定の中身です。ここからが本番で、どうやってお互いの存在を認めて、尊重していくのかを具体的に定める。細かい規則やその罰則も決めないといけないでしょう。『この話し合いは難航しそう。あとは、シャノン様やフィナに……私、ここにいるだけになってる。仕方ないね、だって分かんないもん。』



 大樹の街エラン・グランデの猫の獣人たちは、新たな狩猟と採取の方法を示してくれました。私たち、吸血鬼にとっても、ラス・フェルトの人間の血を吸えないので、とても興味があります。



 エラン・グランデの猫の獣人たちは、精霊について語ります。炎や雷、風、氷といった色んな精霊たち……猫の獣人たちは精霊と契約して、体内に宿します。


 精霊と共に生きてきたことを、豊穣への感謝・祈り―精霊祭、獣人たちのお祭りのことも教えてくれました。


 重要な言葉が、“契約精霊の捕食”です。



 聖フェルフェスティ教では、光の女神フェルフェスティ様の原初の子らとして、精霊がでてくる様で、教えを受けているラス・フェルトの人間たちには受け入れることができる存在の様です。ただ、聖フェルフェスティ教の教えの中でも、良い精霊がいれば悪い精霊もいます。


 獣人のフィナが提案した、住人の精霊化計画は破棄されていません。突拍子もない計画だと思っていても、一旦保留……いつか、精霊という存在になりたいという思いがあるのかもしれません。



 肉体から解放されて、植物や動物、無生物、人工物。そして人や魔物などに宿る。人や魔物からすれば、肉体という苦痛をもたらすものから解放される。そのことへの憧れがあるのでしょう。



 再生の聖痕、聖痕の少女だった私からすれば、今の吸血鬼の方がいいけどね。だって、肉体がなくても痛みはある。苦痛は無くならないから……精霊は精霊でつらいことがあると思う。やっぱり、必死に生きているのなら、皆同じだよ。



 えっと、それでエラン・グランデの猫の獣人たちは、新たな狩猟と採取の方法―契約精霊の捕食を説明しました。


 文字通り、契約している精霊が、周囲に満ちている魔力を食べるそうです。精霊が食べることで、捕食した魔力を消化―生命維持に必要なエネルギーに変換。ただ、この契約精霊の捕食に頼るのは、非常事態に限るとのこと。理由は、捕食によって得られるエネルギーが少ないからです。



 熊の冬眠や虫のさなぎの様に、全く動かなければ問題はないとのこと。ただし、従来の狩猟と採取といった、獣人としての森や海での生命維持活動を続けないと、獣人ではない別のものになってしまうそうです。猫の獣人たちは、落ちぶれた者のことを、“なりそこない”と呼んでいます。



 精霊たちは、“なりそこない”を嫌っている。精霊にもなれず、獣人にもなれない。堕落して生きることをやめた者の末路……なりそこないは、獣人たちによって狩られています。



 この新たな狩猟と採取の方法―契約精霊の捕食は、有益なものでした。


 シャノン様と養母様おかあさまが教えてくれました。真上にある精霊の世界から、一つの星が落ちてきた。精霊だけが住む、珍しい星らしいです。


 シャノン様の転移魔術で、この珍しい星を訪れるのもいいかもしれません。




 ラス・フェルトの人間たちで話し合って、短く整えられている黒い髭がトレードマークの渋めのおじさん。警備兵の隊長―髭の隊長さんが、契約精霊の捕食について担当することになりました。



 行政組織側のうら若き女性―クスシヘビのご婦人は、すでに霧の世界フォールの魔術について担当しています。なぜそうなったかと言うと、テラの大樹と関係があって……ラス・フェルトの都の治安について報告がありました。



 現在、被害にあった女性や子供は0とのこと。本当に0です。これだけでも、奇跡だね。『うん、奇跡の都ラス・フェルトに相応しい……可愛いお人形さん、ノルンの夢を、テラの大樹も叶えようとしてくれている。


 光の大樹様は、女性や子供の守護者かな。テラの大樹、やればできるじゃない!』



 この結果は、テラの大樹が、優先的に女性や子供を守っているためです。例えばですが夫婦喧嘩でも、光の大樹が仲裁に入って……問答無用で、旦那を光の根っこでぐるぐる巻きにして、ミイラの様にしています。怪我はしません。自由に動けないけど、ミイラになるだけです。



 霧の世界フォールの魔術、星間循環システムの行使についても、テラの大樹は行使できるものを、女性や子供に限定しています。


 今後、獣人のフィナやテラの大樹から教わって、クスシヘビのご婦人はテラ・システムを行使できる様になるでしょう。システムを理解できれば、魔術の応用も可能となります。



 クスシヘビのご婦人は、このラス・フェルトの本庁舎に、“大樹の巫女部”という新たな部署ぶしょを設置しています。


 被害にあった女性や子供は0。テラの大樹は魔術を行使できるものを、女性や子供に限定していることから、大樹の巫女になりたいというご婦人が殺到しているらしいよ。私も、あとで覗いてみようかな。




 もし、奇跡の都に、誰かを傷つけようとする愚か者がいたら? 


 ああ、迷い星テラでは気をつけて。光の大樹が問答無用で、光の根っこでぐるぐる巻きにして、ミイラの様にするから。


 悪いことをすれば捕まるでしょう? 皆の街と同じだよ。




 地獄の悪魔、“魂を盗む、ただれた亡者”がいる、あの場所へ。やっぱり、悪いことをしたら地獄へ落とされるじゃない? 



 ミイラになった旦那? さあ、どうなったのかな。

 


 ああ、貴方は大丈夫だよ、だって、貴方は紳士でしょう?

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