第81話『希望の都ラス・フェルトの人魔協定③』

 私は、ラス・フェルトの人魔協定という政治の舞台に足を踏み入れた。舞台に立ったけど、すぐに帰りたくなった。というか、もう逃げたい。


 ここは、ラス・フェルトの本庁舎にある本会議場。私は入り口に立っています。隣にいる獣人のフィナが、私の腕を強く握りました。自然と後ろに下がっていたみたいで……じーと、獣人のフィナに見られています。



 私は、白い瞳のルーン・グローリア。


 できるだけ頑張ってみるって、確かに言ったよ? でもね、これはもう入りたくない。だって、冷静に話し合える状況になってなくない?



《だから! あんた達、バカ!? 今が終わりの時なのよ!


 私の配下の悪魔がうろついて、命を刈り取ってる。

 私たち、霧の人形に協力しないと、まず生き延びることはできないわよ!?》



 本会議場の正面中央にある高い椅子の席―議長席に、この場に似合わない、可愛らしい子が座っています。銀色の髪に白い手足。魂を惑わす紫の瞳をもち、銀細工のある黒いローブを着た幼い子。とても偉そうに、周囲の大人たちに対して叫んでいます。


 彼女は、傲慢の霧の女神ウルズ。


 私が人形だった時の姉……長女だけど、姉たちの中で一番幼い姿をしています。怒って叫んでいても、可愛らしい。


 怒っている傲慢な女神に対して、勇敢に発言する者がいた。身長180以上はあって、真っ黒の髪に、盛り上がった筋肉。短く整えられている黒い髭がトレードマークの渋めのおじさん。警備兵の隊長―髭の隊長さんだ。



「我々には、最後を選ぶ権利はまだあるはずだ。

 得体の知れないものに、庇護を求めて……。


 そのことで、罪のない人々が犠牲になるのは避けたい。

 それは、人としての誇りであり、我々が失うべきではない人の魂だ。」



《あ、そう! じゃあ、そのくだらないプライドを守って、

 私の悪魔に殺されて、死んでおけばいいのよ!


 なによ、せっかくフェルが頼んでくれたのに……。


 この筋肉だるま! 自分が正しく、

 何よりも偉いとか思ってんじゃない!?》



 えっと、ウルズお姉ちゃんが一番偉そうです。うん、これは言わないけどね。『ねえ、フィナ、おかしくない?……ウルズお姉ちゃん、もう波乱を起こしているんだけど。』


 すると、議長席の近くにある椅子に座っていた、節制の保持者が止めに入った。



 彼女は、フェル・リィリア。


 ラス・フェルトの人魔協定の主役。胸の辺りまで伸びた金色の髪と青い瞳。水の都の民族衣装である、ふわふわとした白いスカートと緑色の帯。その上に、聖フェルフェスティ教の白いローブを着ている。


 この場をおさめようと、規律正しく統制をとるー節制の聖痕が発動して……ウルズお姉ちゃんの傲慢の烙印とぶつかった。霧の女神は素直じゃない。気に入っているフェルの言葉でも、簡単には耳を傾けたりしない。


 だって、傲慢な霧の女神なんだもん。



「ウルズ様、お願いですから落ち着いてください。」



《なに、フェルは、このバカの味方をするつもり!?

 この議長の椅子にだって……。


 貴方に頼まれなかったら、誰が座るもんですか! 

 こんな汚い椅子、気分が悪くなるだけよ!》



「ウルズ様、お願いですから、そんなに怒らないでください。」



 因みに、フェルの横の席に座っている、白髪のお爺さんー聖フェルフェスティ教の司祭は沈黙して語らない。大樹の街エラン・グランデの一団―猫の獣人たちも、本会議場の隅でじっと様子を窺っている。私の同胞―吸血鬼たちは、本庁所の地下に控えているみたいです。



 本会議場の綺麗な窓から、嫌いな太陽の光が入り込んでいる。私もできるなら、光が届かない地下に行きたい。メイドのフィナさんが許してくれません。


 怒鳴り声やヤジが聞こえる。うん、もうかなりヒートアップしている。もう話し合いが始まっているから、私は参加しなくても良いんじゃない?



 フェル・リィリアの節制の聖痕が発動しているし、人と魔物の話し合いは、最悪の状況みたい。うん、もう帰りたい。この中に入ったら、絶対に巻き込まれる。


 ちらっと、隣にいる獣人のフィナを見ると、無言のまま腕を引っ張られて、会議の場に顔を出すことになってしまった。


 フィナに引っ張られて、議長席に近づいていく。



《もういいわ、もう疲れた。

 私は帰るから、あなた達だけで話し合っていなさい。


 ウロボロス、ここに来なさい。》



 傲慢の霧の女神が、霧の龍を呼んだ? ウルズお姉ちゃんが左腕を横に伸ばすと、小さな腕が崩れて、白い霧に戻っていく。その白い霧の中から、鎧の様な黒き外殻をもつ蛇が出てきた。


 あれ? 私の人形の記憶にある霧の龍と比べたら、全然違う。体がとても小さい。小さいって言っても、5mくらいはあるけど……300mを越える霧の龍に比べたらとても小さいよ。


 このウロボロスは龍というより、黒き蛇と言った方があっている。胴体は1mくらいかな。体の大きさは5mくらいあるから、普通の人から見れば十分怖いけどね。



 会議場から悲鳴が聞こえてきても、ウルズお姉ちゃんはお構いなし。黒き蛇は、ウルズお姉ちゃんになついている様で、顔を床にくっ付けた状態で動かない。


 ウルズお姉ちゃんを隠す様に、尻尾だけを動かして、議長席の周りにある机とかを壊している。この黒き蛇は、傲慢の霧の女神を守ろうとしているのだろう。


 騒ぎを聞きつけた、警備兵たちが集まってきた。狙いはつけていないけど、長銃(銃身が長い)をしっかり手に持っている。一瞬即発だけど、傲慢な霧の女神は気にもしない。黒き蛇の外殻を小さな手で掴んで、蛇の頭の上へよじ登る。



 白い霧が何かを運んできた。黒き蛇の頭の上に、鞍の様なものが現れて……銀細工で装飾された鞍はとても豪華で美しく、女神が座る神座しんざに相応しかった。


 ウルズお姉ちゃんがちょこっと座ると、黒き蛇が動き始める。うわ、この蛇、とても器用。頭を振らない様に、女神の神座しんざが大きく揺れない様に、ずりずりと胴体をくねらせながら前へ進んでいます。


 黒き蛇の頭の位置は殆ど変わっていないので、乗り心地は良さそう。蛇の周囲にあるものは、押しつぶされて壊されているけど……全然気にしてない。うん、傲慢な女神のペットだね。『? ウルズお姉ちゃん、早く帰りたいのなら、なんで転移魔術を行使しないんだろう……わざわざ、こんなことをして……!? あ、やばい。見つかった。今はやめてよ~。』



《あっ、ルーン、良いところに来たわ!

 私、もう帰るから。一緒に、配下の軍勢の所に行きましょう。》



『えっと、ウルズお姉ちゃん。

 とりあえず、落ち着いて……私の話を聞いて下さい。』



 私の目の前で、ウルズお姉ちゃんの黒き蛇が止まった。尻尾で周囲にあるものを吹き飛ばして、自分のスペースを確保している。『あ~、高そうなものを壊して……慌てて転んで、怪我している人もいるし……。』



『ウルズお姉ちゃん、こんな乱暴なことはー。』


《ルーンは、ここにいる人間や獣人たちの味方をするの?

 それが、吸血鬼たちの総意ということでいいかしら?》



 足を組んで、頬に手を当てながら、見下ろして偉そうに話す。その姿は傲慢の女神そのものでした。豪華な神座しんざが、女神の存在を際立たせています。



『いえ、私個人の意見しか述べることはできません。


 できないけど、私の言うことを少しでも聞いてくれたら、

 お姉ちゃんの軍勢の所へ、行ってみてもいいかなって思ったりする。』



《ふーん、そう……じゃあ、話しましょう。

 フェル、このまま進めてもいいよね?》



「話が進むのなら、もう構いません。ウルズ様のご自由に。」



 女神の黒き蛇を追いかけてきていた、フェルがため息をついてから、そう答えた。聖フェルフェスティ教の司祭―白髪のお爺さんも、フェルの近くにいる。警備兵の隊長―髭の隊長さんも、配下の警備兵を引き連れているし、大樹の街エラン・グランデの一団―猫の獣人たちも、ぞろぞろと近づいてきた。



 ウルズお姉ちゃんの黒き蛇を、歓喜の瞳で見ている女性の人がいた。


 確か、行政組織側のうら若き女性―クスシヘビのご婦人だったかな。ご婦人が持っている杖は、装飾もされていて美しい。蛇の頭と尻尾はないので、長い胴体だけ……白と黒の蛇が、杖に巻きついている様に見える。



 あれ? これ、私が話し合いの先頭に立たされていない? 何度も言いますが、私、できるだけ頑張るって言ったよ……言ったけど、いきなり言われても、話し合いについていけないよ!?『メイドのフィナさんは、めっちゃいい顔してるし……フィナは政治とか好きなのかな。


 私はよく分からないから……えっと、うん逃げられないね。養母様おかあさまの配下の方、シャノン様、助けて下さい~!』




 さてこの時、銀色の髪に白い手足。透き通る海の様な青い瞳をもつ少女は、誰にも気づかれることなく、本会議場の中を歩いています。


 ルーンとフィナが通っていない別の入り口の近くに、目当ての鬼たちがいました。



 茶色のクマのぬいぐるみを持っている小さな鬼と、愛する人形と離れ離れになって、やる気のない大きな鬼。三大魔王の二人―幽鬼シャノンと炎鬼クルド。


 そして、鬼たちの傍から人魔協定の行方を見守っている、軍国フォーロンドの冒険者たちーミランダ・フォーチュン、ロベルト・フィルド、ミルヴァ・カ―ネルの若者たち。


 鬼と若者たちの間に……青い瞳の少女が、ちょこんと立っています。


 幽鬼シャノン以外、部外者の彼らは、ただ見守っているだけ。彼ら自身もそう思って、口を挟むつもりはありませんでした。ですが、鬼と冒険者たちが巻き込まれない、迷い星フィリスが巻き込まれない、その未来はやってきませんでした。



 ラス・フェルトの人魔協定。迷い星テラに住む、ラス・フェルトの住人たちと魔物―獣人や吸血鬼たちは、協力関係を結ぶことになります。



 それでは、迷い星フィリスの人や魔物は味方になるでしょうか? それとも、敵になるでしょうか? 他の星の人間や魔物たちは? 



 残念なことに、我儘な天の神-時の女神の娘ノルンによって、人や魔物の未来は決められてしまいます。迷い星テラは青のお嬢様の依り代であり、青のお嬢様はこの星の主神ですから……この星の普通の人や魔物は、ノルンが二人いることに気づくことができません。


 当然、迷い星テラの主神と思うでしょう。天使様だと信じてしまうでしょう。青のお嬢様が、今ある世界を滅ぼそうとしている元凶だったとしても……。

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