第48話『聖神の白き太陽は落ちる。光の子フェル・リィリアは、地獄の中層―星々の灰を彷徨う②』
私は、フェル・リィリア。金色の髪に青い瞳。惑星ラスの水の都ラス・フェルトで暮らしていた。平凡な毎日……平凡な暮らしが、どれ程幸せなことか、今ならよく分かる。大好きなお母さんやお父さん。いつも、私の傍にいてくれたのに……。
今は、白い霧が私の傍にいる。霧は白く光っていて、とても温かい。白い霧に包まれていて……。
私は、廃墟の前で座り込んでいた。母を捜して、廃墟の中をうろつくつもりだったけど……さっき、降り積もった灰に足を取られながら歩いていたら、“あれ”を見てしまった。ドロドロの黒い悪魔……もう怖くて、前に進めない。
ここは、灰に覆われた廃墟。人や鳥、犬。木や花などの星の生き物の気配がない。見ているだけで死を連想してしまう、悲しい場所……地獄の様な場所にも、住んでいるものがいた。
真っ黒いなにか、人の姿をしている。長い手足。ドロドロの黒い液体に覆われていて、皮膚は見えない。眼はない様で、不自然に頭を何度も動かしている。縦に、左右に……あれは悪魔。黒い翼を持つウルズ様は、バグと呼んでいたと思う。
遠くに光の柱が現れて、空が明るくなって……灰に覆われた廃墟が、良く見える様になった。見たくないものもよく見えて、ドロドロの黒い悪魔バグが、至る所にいる。強い光に反応して、廃墟の中から出てきたのかも……。
今も……バグが、私の前を歩いていく。カチカチと歯を鳴らす音が聞こえる。私は、バグの叫び声を思い出してしまって……体の震えが止まらない。魂まで戦慄する様な叫び声。あんな声は二度と聞きたくない。私は、両手で耳を塞ぎながら思った。
「……どうして、どうして?
私も、お母さんも……。
なにも悪いことをしてないのに。
どうして、こんなことに……。」
私を包む、白い霧が囁いた。白い霧は、私の傍から離れない。霧だけが、私の思いに応えてくれる。白い霧が、私に囁く。生き残りたいのなら、手を伸ばせ。大切な者を守りたいのなら、手を伸ばせと……温かい霧だけが、私を支えてくれる。
私は、白い霧の奥へ震える手を伸ばした。白い霧は何度も囁く。囁き続ける。白い霧の奥にあるものを手に入れろと……私は、一心不乱に手を伸ばして何かを掴んだ。
こんな何もない、地獄の様な場所で死にたくない。お母さんに会いたい。お母さんも同じ目にあっているのなら助けたい。白い霧から、不思議な声が聞こえてくる。女性の声だけど……人や魔物、悪魔の声ではない。白い霧の声。
『フェル・リィリア……。
七つの元徳の一つ、“節制”を獲得。
脅威を感知……。
女神の影アシエルの糸、聖神フィリスが切断。
女神の影アシエル、憤怒の魔女に寄生。
憤怒の魔女、傲慢の魔女と交戦中……。
聖神フィリス、極星魔術―白き太陽を行使。
聖母フレイ、極星魔術―重力の門を行使……。
脅威を感知……。
地獄の中層―星々の灰、崩壊の危険性、大。
直ちに、転移魔術の行使を……。』
「………………。」
私は困った。白い霧が言ったこと、殆ど分からなかったから……七つの元徳の一つ、節制を獲得? 憤怒の魔女、傲慢の魔女と交戦中?
聖神フィリス様と聖母フレイ様が、極星魔術を行使? フィリス様の御名前は分かる。でも、聖母フレイ様? その御名前は聞いたことがない。最後、不吉なことを言ってた……確か、地獄の中層―星々の灰? 崩壊の危険性、大。直ちに、転移魔術の行使を……。
そもそも、魔術ってなんですか? どうやって、行使するの?……急にそんなことを言われてもできないよ。私は困って……白い霧を吸い込みながら、静かに呟いた。
「………………。
……ここは、地獄。
本当に最悪……。
もう、訳が分からないよ。」
『脅威を感知……。
憤怒の魔女、火炎魔術を行使……。』
白い霧が、また囁いた。顔を上げて、灰に覆われた廃墟を見てみると……白い炎が、廃墟を襲っている。ドロドロの黒い悪魔バグも、白い炎にのみ込まれていく。
魂を惑わす、紫の瞳のウルズ様が、バグを殺しては駄目と言っていたけど……。白い炎に襲われたバグは、戦慄する叫び声を上げる間もなく、姿を消していく。
白い炎が、無数の糸の様になって、廃墟の空に舞った。白い炎は高速で移動して、何かを追っていて、よく見ると……黒い鳥だった。白い霧が、私に教える。
『傲慢の魔女ウルズ、極界魔術を行使……。
極界魔術―傲慢の烙印。』
「!?……あれ、ウルズ様?
ウルズ様が、傲慢の魔女……。」
『憤怒の魔女アメリア、極界魔術を行使……。
極界魔術―憤怒の烙印。』
「憤怒の魔女アメリア。
極界魔術、白い炎……。
!?……ウルズ様!?」
ウルズ様は、黒い翼を羽ばたかせて……白い炎の糸を避けていたけど、黒い翼が燃えてしまったみたい。天使様が炎に包まれて、上空から落ちる。
私は、走り出した。なにもできないし……どうすればいいのかも分からない。だけど、天使様の傍にいたい。ウルズ様は、私たちを助けてくれた。絶対に、こんな所で亡くなっていい方じゃない……。
私は、無我夢中で走り続けた。ドロドロの黒い悪魔バグの横を通り過ぎる。カチカチと歯を鳴らしているだけで襲ってこない。白い霧が、私に伝える。
『フェル・リィリア……元徳の節制を保持。
望めば、傲慢・憤怒を抑える。』
「……よく分からないけど、
ウルズ様を助けることができるの?」
『……フェル・リィリア。星の核、不保持。
霧の人形に勝利する可能性、極めて低い。』
「極めて低い。不可能に近いけど……。
私でもできることがあるの?
私は、ウルズ様を助けたい。
私でもできることがあるのなら、
教えて、お願い!」
『脅威を感知……。
憤怒の魔女の火炎魔術を確認。
フェル・リィリア、停止……。』
「!?……と、止まるの!?」
白い霧に言われて、私は立ち止まった。降り積もった灰に足を取られて、しんどい。普段、走ったりしてないから、足が震えてきた。
ドォゴオオオォォォ—--!
突然、私の眼の前に、白い炎が現れた。白き炎はあっという間に、廃墟を燃やし尽くし……どんどん、白い灰が積もっていく。白い霧が注意してくれなかったら、私も灰になっていたと思う。
「………………。
ありがとう、助かったよ。」
『……憤怒の魔女アメリア、
傲慢の魔女ウルズに接近。
傲慢の魔女、白き炎で負傷……。』
「!?……白い霧、私をウルズ様の元へ。
ここから、どう行けばいい?」
『……左の通りへ。白き炎に注意、必要。』
私は、息を整えてから……再び走り出した。私でも、できることがある。私にも、助けたい方がいる。私は、まだ諦めたくない。
白い霧を纏う、金色の髪と青い瞳の少女フェル・リィリアは、灰に覆われた廃墟の中を駆けていく。体の中に、良き魂を宿しながら……。
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