真実の愛

『断っておきますが、これは私なりに田所の言葉をまとめたものです。ゆえに漢字を用いています。また言葉がたどたどしいのは、言ったままを記録に残したからです』


 俺、てんちょに言われたとおり、あの小さな村で、屋敷の門番してた。鶏の鳴くころに大きな門開けて、日が沈む頃に、門閉める、仕事してた。

 楽しいこと、なかったけど、てんちょのいう『真実の愛』を見つけるのに、懸命に働いた。


 おかげでご主人さまにお嬢さまの世話、任せられた。お嬢さま、屋敷にある、塔の中に、閉じ込められてた。


 なんでお嬢様閉じ込められているのか、俺、分からなかったけど、すぐに分かった。


 お嬢様、人を殺して、食べるからだ。


 月に一度、お嬢様、人を殺す。そして一月かけて食べる。


 俺、その様子、塔につけられた、窓から見た。


 俺の役目は、ご主人様が連れてきた人間を、塔のてっぺんから、縄で下ろして、お嬢様に差し出すこと。人間は眠っていて、お嬢様が殺すまで、起きない。

 たまに気がついて、悲鳴を上げるけど、お嬢様、小さなナイフ持ってて、すぐに殺す。


 ご主人様が、俺に仕事を任せたのは、俺が足りないから。


 そんなのが半年くらい、続いて、あるとき、たくまが来た。


 多分、俺の前の人が、お嬢様に差し出したから、分からないけど、たくまの姉さんは、お嬢様に殺されたと言ってた。


 初め、俺を殺そうとたくまが来た。お嬢様を殺すために、邪魔が入らないようにするため。

 でも俺が泣き叫んで、足りないって分かったら、たくまは殺すのやめてくれた。

 多分、たくまは良い奴だったかも。


 たくまは「ここに化け物がいるだろう」と俺に訊いた。俺、お嬢様のことかもしれないと答えた。


 たくまは恐い顔で「その化け物の元に案内しろ」って金属バットで俺を脅した。たくまは十六と言ってたけど、俺より背が高くて、強そうだった。


 たくまにお嬢様を見せた。窓からお嬢様の寝ているところを見せた。

 するとたくまは信じられないことを言った。


「なんて、美しい人なんだろう……」


 たくま、一目惚れしてしまった、お嬢様に。


 俺の住んでる小屋に戻ったたくまと俺。たくまは俺に知っていることを話すように命令した。


 だから素直に言った。

 お嬢様が人を殺して、食べること。


 たくまは小屋の中を行ったり来たりして。歩き回っていた。


 そしてたくまは言った。


「あの人を殺そう。それしか方法はない」


 俺はたくまに訊いた。お前はお嬢様に恋しているんじゃないのか?


「ああ、俺はあの人を好きになってしまった。だからこそ殺さないといけない。あの人がこれ以上罪を重ねないように」


 そしてまた言った。


「もしかしたら、俺はあの人を殺すために生まれてきたのかもしれない。あの人を救うために生まれてきたのかもしれない」


 俺はたくまに協力することにした。

 なんだか、たくまが、凄く良い奴に思えたから。


 俺はたくまとお嬢様に食わせる人と入れ替えた。食わせる人は後で、隣町まで送ってあげた。

 そして塔のてっぺんからたくまを下ろした。


 俺はどうなるのか、心配で見ようと、急いで窓を見た。


 たくまは、お嬢様、殺していた。金属バットで頭殴った。


 でもなんか様子がおかしくなってた。


 よく見るとお嬢様の身体から黒い煙が出て、たくまにくっついて、離れなかった。

 たくまはそのまま、気を失ってしまった。


 たくまの名前を呼ぶと、たくまは立って、辺りをキョロキョロ見て。

 お嬢様の死体を食べ始めた。


 俺、足りないけど、気づいた。

 お嬢様は呪われていて、それがたくまに移ったって。


 俺はご主人様に言わなかった。そのままたくまをお嬢様代わりにしてた。


 また半年経って、今度はたくまと同じ歳の女の子が来た。

 たくまの幼馴染で、みえこと言ってた。


 俺はまた、塔の窓からたくまのことを教えた。呪われていることも言った。


 みえこ、悩んでいた。落ち込んでいたのかも。


 そして数日後。みえこは俺に言った。


「ねえ門番さん。私もたくまのところに連れてって」


 俺は止めた。なんか嫌な感じ、したから。


「私、たくまを救いたいのよ。たくまが呪われたままなんて嫌。お願い、門番さん」


 俺はどうしてと訊ねた。もうみえこの知ってるたくまじゃないのに。


 たくまの様子を俺はずっと見てた。人を殺して、その肉を少しずつ食べる、化け物になってた。


「決まっているじゃない」


 みえこは俺に言った。


「愛しているからよ。それ以外理由はないわ」


 それからみえこは俺に頼んだ。


「私が塔に入ったら、火を放って。そうすれば、たとえ一瞬だけでも、たくまとまた居られるから」


 俺はなんでか知らないけど、涙があふれてきた。


 お嬢様が羨ましいと思った。たくまに愛されて死ぬから。

 たくまが羨ましいと思った。みえこに愛されて死ぬから。

 みえこが羨ましいと思った。愛によって死にに行くから。


 俺は足りない人間で、親からも人からも馬鹿にされる。

 誰も愛してくれない。

 でも三人は愛されていた。

 それが心から羨ましかった!


 俺はみえこを下ろした後、塔に火をつけた。


 屋敷中に広がったから、逃げた。


 村の高台で燃え盛る屋敷を見つめた。

 綺麗だった。何故ならそこには愛があったから。

 そして今やっと分かった。

 アレが真実の愛だと。







「てんちょ、おれ、みつけた。だから、やくそく、まもってほしい」


 狂人の作り話としか思えませんでした。呪いなんてものがこの世にあるとは思えないし、そんな覚悟を持った少年少女が居るとは考えられなかったのです。


「田所、本当にいいのか?」


 マスターから零れる渋い声。


「なにが、いいのか?」

「本当にお前の願いを叶えてもいいのか?」


 田所は困った顔をしていました。


「おれ、あたまわるいし、たりないから、わからない。でも……」


 田所は急に笑顔になりました。


「でもおれ、しんじつのあい、わかったきがする!」


 答えになっていないことを堂々を言ったのです。


「マスター、約束は守らないといけませんよ!」


 女の子が笑顔のまま言いました。マスターは溜息を吐いて、それから応じました。


「分かった。約束は守る。田所、喫茶店を出たら、お前の望みは叶うだろう」


 田所は嬉しそうに笑って、そして喫茶店の出口に向かいました。


「ありがと、てんちょ!」


 そのままドアをくぐり、外へと出て行って。

 ゆっくりと扉が閉まりました。


「お待たせしました、アイスコーヒーです」


 女の子がいつの間にかアイスコーヒーを盆に載せて、私の前に来ていました。

 私はそのままアイスコーヒーを飲んで、それから女の子に訊ねました。


「先ほどの話は――」

「ああ、本当だと思いますよ」


 女の子はまるで悪魔のような笑みを浮かべて言いました。


「まったく、これだから人間は面白いですね」


 アイスコーヒーを飲んだというのに、私の喉はからからになりました。

 そのぐらい、彼女の笑みが恐ろしかったのです。

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