第7話「水装vs火器」

 それはステラの一言から始まった。

「これでこの街の悪い人達をやっつけられるね!」

 『水装アープ』の修理を終えたアルファに言った一言である。彼らは今ロビーで支度をしていた。

 アルファの手は止まる。そしてアニータへ訊ねた。

「……どうなんですか?」

「……ステラ様」

 アニータも作業を止めてステラへ向き直った。

「確かにこの街にはシャムシール夫妻に匿って頂いた上『水装アープ』の修理。これらを無償でして頂きました。多大な恩があります」

「うん」

「しかし、我々は先を急がなければならないのです。一刻も早く、王都へ行かなければなりません」

「じゃあこの街の人達は?」

「……今しばらく耐えて頂く外ありません」

「…………」

 ステラは黙り込んだ。アニータはまた作業に戻って……。


「やだ」


 ステラの一言に振り返った。



 その数時間後。

 宿の隣、空き家となっている建物に、アルファは居た。

 周りには10人ほどの街の男達がいる。

「作戦はこうだ」

 その中のひとりが皆で囲むテーブルに1枚の紙を拡げた。彼はフローラの夫、パトリックであった。

「まず我々が敵の注意を引き、その隙を突いてアルファ殿が敵本拠地に侵入、街の『水装アープ』をどうにかして奪還する。その後落ち合いの場所に集合し『水装アープ』を装備。こちらの反撃に出る」

 ざわざわと男達がどよめき立つ。

「その際、最も危険であろう黒衣の男の対処もアルファ殿に任せる事になるが……どうだろう」

 男がアルファを見る。つられて全員の眼がアルファに向けられる。

「何も問題ありません。それで行きましょう」

「本当に大丈夫なのか?こんな子供に」

 男の疑問に、パトリックが答える。

「彼はステラ殿下の『水将候補』だ。実力は申し分無いだろう。それにこれまで甲冑兵を相手に実際に勝利した実績がある」

「……あいつらに勝ったのか?」

「ええ。一応なんとか」



 さらに数時間後。

 街の男達が甲冑兵の根城と化した、あの向かいの大きな宿屋の前に集まっていた。

「な……なんだ貴様ら!反逆でもするつもりか!」

「違えよ!俺たちは許可を貰いにきたんだ!」

「なんの許可だ!」

「祭りだよ!」

「年に一度の祭りなんだ!」

「姫様を称える祭りだ!させてくれよ!」

 武器も持たない男達が口々に叫ぶ。甲冑兵は対応しきれていない。

「知るか!そんな祭り勝手にやれ!」

「大事な祭りなんだよ!」

「だから知るかそんなもん!」



「……やれやれ。まじで適当な注意の引き方だな」

 それを傍から見ていたアルファは溜め息を吐いた。

 だがチャンスでもある。彼はどさくさに紛れてこっそりと宿へ侵入した。

「……街に居る甲冑兵は約100人。『水装アープ』を使う兵はその半分程度。そして朝から人の出入りを監察していた人から聞けば今宿に居る敵は20人。黒衣の男は広場で水浴び」

 アルファは状況を再確認する。後は『水装アープ』を保管している部屋が見付かれば良いのだが、そう簡単には行かない。

 宿の全ての甲冑兵が引き付けられた訳では無かった。

「ん?お前この間の、ジジイを探してたガキじゃないか」

「(見付かった!)」

 アルファは躊躇わず、腰の長剣を抜いた。

「おいおい、そんな物騒な――」

起動フリューエント!」

「!!」

 甲冑は堅いが、関節部は覆われておらず隙間もある。

 前回の戦いで敵の弱点は分かっていたアルファは、即座にその甲冑兵の四肢を刺し、自由を奪った。

「ぎゃぁぁぁあ!貴様ぁぁ!」

「街から奪った水装アープはどこにある」

「あああ!痛ええぇぇ!いう!言うから止めてくれ!」

「早くしろ」

 場所を訊いた後アルファは甲冑兵を殴りつけた。

「あぐ!」

「……」

 甲冑兵は勢いよく壁に激突し気絶した。アルファは手を握ったり腕を上げたり、身体の動きを確かめる。直したての『水装アープ』は絶好調である。



「ああ……俺たちの『水装アープ』だ」

「戻ってきたんだ……」

「俺もう……もう逃げない。奴等と戦う!」

 集合場所にて、街の『水装士アーバーン』達は歓喜していた。

 だがそれも束の間。ひとりの男が慌てて報告に来る。

「おい!来たぞ!奴等が武装して、街を襲い始めた!」

「よし行くぞお前ら!街を俺たちの手で守るんだ!」

「おおおお!」

 そんな男達の決起を横目に、アルファとパトリックは駆け出した。

 まず一番に優先するのはステラである。途中向かってくる甲冑兵をかわしたり切り捨てたりしつつ全速で宿へ向かう。パトリックも、敵の本拠地に最も近い自分の家が心配である。

 その途中だった。



 アルファの耳に爆音が響いた。今まで聞いた事の無い無機質で冷酷な音だった。

「……え?」

「…………?」

 次に聞こえたのはどさっ、と誰かが倒れる音。

 それはアルファの隣から聞こえた。

「……!!がはっ!……!?」

 それはアルファも、パトリック自身も把握できていなかった。

「あ……がふっ!」

「パトリックさん!?」

 慌ててパトリックへ駆け寄るアルファ。パトリックの腹から大量の血が流れていた。吐血もしている。

「!」

 そしてもう1度、あの爆音が轟いた。

 アルファは思わず身を屈める。そして後ろの方でどこかの家の壁が砕ける音がした。

 自分の体を調べる。どこにも当たっては居なかった。

「おや外したか。意外と難しいな」

「誰だ!」

 アルファの前方から人影が見えた。

 その人物は黒色のローブを身に纏う黒髪の男性で、その手に持つ妙な形の小さな鉄の塊からは煙が出ていた。

「……『ネヴァン商会』」

「ほう。俺たちの事を知ってるのか。お前は?」

 アルファは答えず、男に真っ直ぐ斬りかかる。それを見て黒衣の男は手に持つ武器をアルファへ向けた。

「!!」

 その瞬間アルファは高速で体を地面に伏せた。そして三度爆音が響く。

「……良い反応だな。『水装アープ』のお陰か」

「(当たれば一撃で死ぬ!長期戦は不利だ!)」

 そして勿論、黒衣の男は地に伏せるアルファへ再度武器を構える。

「まあ、死んどけ少年」

「!!」

 4度目の爆音が鳴った瞬間、アルファの『水装アープ』から、バシュンと水蒸気が噴出された。



 べちゃりと嫌な音がした。

「…………!!」

 アルファは剣を振り切った体勢で黒衣の男の斜め後ろに立っていた。

「……やるねえ」

 黒衣の男の、武器を持っていた方の腕が地面に転がっていた。肩からどばどばと血が流れている。

「……『水装アープ』も進化していると言うことか。……殺せよ少年。君の勝ちだ」

「……はぁっ……はぁっ……」

 アルファの息は切れていた。

「……」

「俺は『ネヴァン商会』メンバーのコルヴォってモンだ。これ以上の情報は『絶対に吐かない』ぜ」

「……『水装士アーバーン』アルファ・レイピアだ」

「アーバーン。覚えておくよ」

 アルファは剣を振り上げた。



 作戦は成功した。

 指揮官を失った甲冑兵は観念し、街の『水装士アーバーン』の前に降伏した。

「アルファ!」

 街は救われた。100人の甲冑兵は捕虜となり、その事はすぐに外の街に伝わるだろう。

「ほらね!アルファは強いのよ!なんたって私の『水装士アーバーン』だもの!」

「うん。すごいね!ね、ダオ!」

「うおお!俺も早く『水装アープ』着てえ!」

 ステラは無傷で帰ってきたアルファに飛び付いた。

 その表情からは心配など微塵も感じられない。ステラはアルファに絶大な信頼を寄せている。誰より強いアルファが、この街を救えない筈は無いのだ。

 しかし。

「待って姫様。俺は無事だけどパトリックさんが撃たれたんだ。早く手当てをしないと」

「!!お父様!」





「ステラ・ガニュメーデスの独白」


*私がこれを初めに独白するに思い至ったのは、数ある私の失敗の中で、人生で初めての失敗だからである。


……


 アニータは私に言った。言い聞かせるように何度も、今の状況を、いかに切羽詰まっていて、いかに素早く王都へ行かなければならず、いかに私の立場が重く重要なのかを。

 私の案を通した時のリスクも説明した。まず作戦の肝は確実にアルファで、彼ひとりを危険に晒す可能性があると。アルファに万が一があれば私の王都環御が難しくなる。その上、私がこのジャアの街に居ると知られればその後の動きが大きく制限される。どころかこの日私は命を落とすかもしれない。それこそアクアリウスの滅亡に直結すると。

 だが私は譲らなかった。この時私はこう考えていた。


「『水装アープ』を着たアルファが負けるはずがない」


 それまでの私の中でのアルファは、思い返しても負けている場面が想像できなかった。どんな時でも敵を倒していた。

 私はアルファを最強で無敵だと思っていた。だから、そんな彼が救えるはずの街を救わず、宿に泊めてもらった恩も返さず街を出るなんて私には考えられなかった。

 私は駄々をこね続けた。結果、アニータが折れる形となった。


……


 街の『水装士アーバーン』も加わったその作戦で出たこちらの被害は、家屋倒壊が10棟、半壊が15棟。『水装士アーバーン』の死亡者が12人、重傷者が5人。民間人の死亡者は8人に重傷者は3人。軽傷者は全部で200人を超えた。

 そのひとりに、私たちがお世話になっていた宿屋の店主がいる。

 パトリック・シャムシール。茶髪黒目の『水の民』だ。

 彼はアルファが敵から取り返した『水装アープ』を装着後、家族の待つ宿へ向かう途中、『ネヴァン商会』のメンバーに殺された。

 『火器アームズ』による攻撃を受けたのだ。アルファ曰く一撃だったらしい。

 私はアルファが無傷で帰ってきた事に小躍りし、宿の子供達にそれを自慢していた。

 しかしアルファは焦った様子で、血の海に倒れるパトリック氏を助けるようアニータや大人達に求めた。

 子供達もそれを聞いて顔が青ざめていくのを覚えている。

 アニータや、氏の妻フローラが氏の元へやってきた時には既に遅く、氏は息を引き取っていた。


……


 その後落ち着いてから、街を挙げた大規模な水葬式が行われた。

 その間ずっと、パトリック氏の子供達が声を出して泣いていた。彼らはまだ9つと10。勿論父を失う歳ではない。

 私も泣いた。彼らに感化されたのもあるが、この時私は小さいながらも責任を感じていたのだ。

 私が言い出さなければ、この作戦が行われる事は無かった。

 私が駄々を捏ねなければ、彼らが死ぬ事は無かった。

 結果的に、アルファに怪我は無く街は解放された。沢山の人に感謝をされた。さすが王女殿下の随伴水装士アーバーンだと讃えられた。

 だがそれは、短期的に見た結果に過ぎない。

 敵は「逆らわなければ殺さない」と宣言していた。現に彼らはそれまで街に被害は出していなかった。

 街で何もせず『水装アープ』を直し、すぐ王都へ向かっていたら。そして国を取り戻していたら誰も血を流さず街を解放できたかもしれない。

 その判断をするのは私ではない。世の中の何も知らない無知で子供な私よりも、アルファやアニータの意見の方が正しいのは当たり前だ。

 しかし、頭の良い彼らは無知で子供な私に仕えている状態にある。私の意思を無下には出来ないのだ。

 結果、街に被害を出し、お世話になった宿には最悪の結果で恩を仇で返す形となった。

 私は、この事が悔やんでも悔やみきれない。さらに、この件で誰も、シャムシール家の人達でさえ私を一切責めなかったのだ。

 この事件で、自分の言動の重さと責任、戦争中の市民の生活や思考を学ぶことができた。

 一生、彼らは私達に感謝し続けるだろう。そして一生、私は彼らに対し負い目を感じ続けるだろう。

 こんな思いはもうしたくない。


 絶対にこの国を救って見せる。そう思った最初の事件だ。

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