第6話「水装技師」

「……そういえば、気になるのは広場で聞いた『撃たれた』という言葉ですね」

 アルファとアニータは部屋に荷物を置いてからまた1階のロビーに降りてきていた。

 シャムシールに会うためにフローラに話を通して貰っているのだ。

「……気になりますね。雨に打たれた、は聞きますが」

「……ですね」

 しばらくして、奥の方からフローラが出てくる。

「申し訳ありません。義父は今誰にも会いたくないらしく……」

「理由は判りますか?」

「……恐らく、先日敵にやられた傷が原因かと……」

「…………」

 ふたりは顔を見合わせて頷いた。

「そのお話を詳しくお聞かせ頂けませんでしょうか」

「え、ええ……」

 テーブルに座り、フローラは語り始めた。



 ……義父は朝から晩まで工房に籠る人でした。周りからは『水装』狂いの変人だと言われてましたが、私と夫はそんな義父を慕っていました。いくら人付き合いが悪くても、宮廷に仕えた最高峰の技師です。尊敬しない訳はありません。

 ある日、私が義父への昼食を工房へ運んでいた時、工房に来客が見えました。

 義父は接客も不得意で、いつもの軍関係の人ならともかくその時は初めて見る方だったので、私が応対しました。

 その方は漆黒のマントで全身を覆ったやや不審な方で、しゃべり方も少し変わっていました。

 その方が仰ったのです。「俺の武器とあんたらの『水装アープ』、どっちが強いと思う?」と。

 その方が取り出したのはひとつの鉄の塊。妙な形をしていて、手に持つ部分があり、その先に穴が空いていました。

 私が困っていると、義父がやってきて「ウチの『水装アープ』を馬鹿にしているのか」と怒りを表情に出して訴えました。

 黒衣の方は不適に「じゃあ試してみるか」と笑いました。

 そして勝負は彼の用意した「決闘」で着ける事になったのです。

 決闘は、広場で行われました。黒衣の方と義父の決闘です。

 私は義父を止めました。もう体も弱っているし、激しい運動は危険だと。しかし義父は聞きませんでした。「あんな『水装アープ』も着てない小僧にワシが負ける筈がない」と。

 正直、私もそう思っていました。いくら年配とはいえ、義父は『水装アープ』を着込んでいます。

 噂が流れ、広場はたちまち市民の注目となりました。そして決闘が始まったのです。



「勝負は一瞬でした」

「……シャムシール翁は勝ったのですか」

「いえ。義父は一瞬で負けました」

「何故?」

「……」

 フローラは当時の様子を思い起こし、少し表情に影が差した。

「正直、何が起こったのか今でも分かりませんが。何か爆音が響いたと思ったら義父は倒れていました。それも大量の血を流して」

「!」

「あんな……あんな武器を持った奴等に、敵う筈がありません。その様子を見た人々はそれを悟り抵抗せず、あとは黒衣の方が連れてきた甲冑の兵士にここを支配されました」

「……街の『水装士アーバーン』は?」

「すぐに降伏しました。『水装アープ』を着ても勝ち目が無いのですから」

「…………」



 フローラは話を終えると、そろそろ夕食を作る時間だと言って厨房へ向かった。

 残されたふたりは険しい顔をしていた。

「……爆音を響かせる謎の武器」

「この街に起きた事は把握しました。ですが我々には目的があります。どうにかここで『水装アープ』を調達しなければなりません。一か八か直に頼んでみましょう」

「……そうですね。一度会ってみない事には何も分かりません。未知の武器だろうと俺は戦い勝つつもりですから」

 ふたりは席を立った。

「俺が行きます」

「いいえ。私が行きます。そもそも、ステラ様が滞在されている宿の家長が部屋から出てこないなど不敬です」

「いや、それは怪我が……」

「部屋に入れないのも同じです」

「……だけど、大怪我を負ったのならどっちみち仕事は出来ないんじゃ……」

「…………」

 アニータは眼を丸くした。

「では、どうしましょう」

「と、とりあえず……俺が行ってきます」



 先程フローラが出てきた、シャムシールの部屋の前に立つアルファ。

 まずノックをしてみる。

「……誰じゃ」

「!」

 無視されると思ったが、意外にも部屋から声が帰ってきた。老人の声だが、とても弱った声だ。

「アルファ・レイピアと言います。『水装士アーバーン』です」

「……レイピア、だと?」

 それからややあって、扉が開かれた。

「どうぞ」

「!?」

 アルファは驚愕し一歩退いた。中に居たのは自分と同じくらいの女の子だったからだ。



 水装技師・シャムシール翁はベッドに寝ていた。身体中包帯を巻き、怪我の大きさを物語っている。

 だがその眼は怪我を負った老人とは思えないほどギラギラと鋭く光っていた。

「リリーや。ワシは彼と大事な話をする。少し2階でマルやダオと遊んでてくれんか」

「わかった」

 その眼のまま、シャムシールは少女に退室を促した。

 金髪を短く切った少女はぺこりとアルファに頭を下げ、その部屋から出ていった。



「……もう一度名を名乗られよ、幼き『水装士アーバーン』」

 鋭い視線がアルファを貫く。アルファは一瞬怯みそうになったが、彼はもっと鋭い瞳があることを知っていた。

「アルファ・レイピア。ファミリーネームに覚えがあるのなら――それは、俺の養父が現在の『宮廷技師』だからでしょう」

「……ユミト・レイピアの……養子だと?」

「ええ」

「…………この事態に宮廷から逃げてきたのか?」

「俺はユミトとは別居中で、ジャアの下流の街に住んでいました。実際俺の世話をしてくれていたのはアセロ・グライヒハイトという従軍技師でした」

「アセロ……」

 シャムシールはアルファの言葉を噛み砕くように呟いた。

 そして見る見る眼が見開かれる。

「あやつは……アセロは今何をしてる」

「死にました」

「……あ?」

 眼と共に口も開いたまま止まった。

「アセロは殺されました。甲冑を着た敵兵に」

「……下流の街まであやつらが攻めてきたのか」

「ええ。全滅です。運良く生き残った俺とステラ王女と、その侍女の3人でこの街へ来ました」

「…………」

 アルファは自分の『水装アープ』を取り出した。

「アセロは……あやつはワシの生涯の敵じゃった。昔から、ふたりで『水装アープ』作りに精を出して……」

「貴方に、俺の『水装アープ』を……アセロの残した最後の『水装アープ』を直して貰いたい」

「…………」

 シャムシールは無言でそれを受け取り、しばらく見詰めていた。

 そして、やがて大粒の涙を流し始めた。

「……!!……そうか……殺された……逝ったか、アセロ……ワシは……ワシは生き残ったと言うのに……馬鹿めが……」

「…………」

 そうしてしばらく、ぶつぶつと『水装アープ』に語りかけていた。



「どうでした?」

 アルファがロビーに戻って来ると、そこにはアニータを始め数人が集まっていた。大半は子供である。

「『水装アープ』を奪われ、追い出されました」

「えっ」

 用意された席に座る。隣にはステラが座っていた。

「大丈夫ですよ」

 そしてその向かいには、あの金髪の少女が座っていた。両脇にダオとマルが座っている。

「お祖父様は『水装アープ』に眼が無いから、壊れかけの『水装アープ』なんて見たら直さずにはいられないでしょう」

「…………」

 テーブルを見ると、質素ではあるが料理が並べられていた。

 このテーブルに着くのは7人。アルファ、ステラ、アニータの3人と、フローラとその子供達3人である。

「私がアニータに言ったのよ。皆で食べた方が良いって。ね、マル」

「うん!」

 ステラがアルファに説明する。どうやらこの家の子と既に仲良くなったようだ。

「……なるほど」

「夫はまだかかるみたいです。王女殿下にお待ち頂く訳にはいきませんので、冷めないうちに食べてしまいましょう」

「なあ兄ちゃん、『水装士アーバーン』なんだろ?」

「マル、お姉さんがいたのね」

「うん」

「初めましてステラ姫様。リリー・シャムシールです」



 大勢で賑やかに食事を摂るのは、アルファは久々だった。王都に居た頃は養父ユミトと、他の養子達とこうしていつも賑やかにしていた。

 「懐かしい」という感覚は、まだ14のアルファにはそこまでの人生経験が無く難しいが、

 シャムシール翁にとってアルファから受け取った、旧友アセロの癖が染み付いた『水装アープ』は彼が旧友との記憶を思い出し涙するには充分だった。

 ユミト・レイピアの息子に、思うところが無いと言えば嘘になるが、少年は王女の還御に随伴する『水装士アーバーン』と名乗った。と言うことは、あの憎き黒衣の輩と甲冑兵を相手に勝つ気なのだ。街の誰もが諦めた敵に、何より自分を誇りと共に打ち砕いた敵に。

「……まったく、ここまでボロボロにしよって……レイピアの倅め」

 ひとり部屋でシャムシールは、楽しそうにアルファの『水装アープ』を弄っていた。



 アクアリウスで初めて『水装アープ』が作られ、王に献上されたのは約50年前になる。兵器としてはまだ新しい部類になる水装の開発者の名はファルシオンと言う。

 国の軍事に多大な影響を与えたファルシオンはそれから『宮廷技師』の肩書きを賜り研究開発費に国の予算を使い規格化、大量生産に成功する。

 ファルシオンには3人の弟子が居た。名前をそれぞれ「クレイモア」「スティレット」「シャムシール」と言った。

 つい10年ほど前までは彼ら3人の子孫が宮廷技師を持ち回りで務めていた。

 現在アクアリウスでは『水装アープ』市場はこの3家のブランドがほぼ独占している状態にある。アクアリウスにある『水装アープ』はほぼ全てこの3家の物であると言って良い。

 しかし。

「リリーや。これをあの小僧に届けてきてくれ」

 ファルシオンの弟子の末裔であるシャムシール翁はひとつの『水装アープ』を孫娘に渡す。

 その声は弱々しく、だが眼光は鋭かった。

 受け取った孫娘リリーはその場で少し考え込んだ。

「……直接渡さないの?」

「……そう何度も顔が見たい相手ではない。『星海の姫』と旧友に免じて直してやっただけだ。レイピアの子なんぞ……」

「じゃお姫様にご挨拶は?」

「……」

 シャムシールはベッドの上に散らかした工具を片付ける手が止まった。そしてどこか天井を見つめ始めた。

「……今さら『星海の姫』に合わせる顔なぞ無いのだ。この非常時に力になれんとは、『水の民』の名が泣いている」

「……?」

「ワシは生い先短いが、リリーや。お前は良く見ておくのだ。これからの『星海の姫』とアクアリウスを。『水装アープ』は必ず、世界の歴史に変革をもたらす」

「……前から思ってたんだけどさ」

「?」

 『水装アープ』を抱き抱えながらリリーは首を傾げた。

 シャムシールもである。

「街の大人達がよく言う『星海の姫』って、なんの事なの?」



「はい」

「ん」

 アルファ達が街へ来てから3日が経っていた。ステラはリリーの弟妹とよほど気が合ったらしく今日も元気に遊んでいる。

 この3日で、状況はいくつか動いていた。

 まず、王都からの早馬で全ての街に敵襲が伝えられた。この街では敵が占拠している為隠密に。

 そこで初めて敵の名が判明した。

 あの甲冑兵達を束ねる黒衣の連中の組織の名である。

 これについて様々な推測がなされているが、判っている事は連中も『水装アープ』を使っていると言うこと、そして正体不明の強力な武器を持っていると言うこと。

 それについてはフローラから聴いたのである程度心構えは出来る。

「……直ったのかい」

「穴を塞ぐだけだったから簡単だったよ」

 アルファはリリーから『水装アープ』を受け取る。

「……ねえ」

 リリーはこの3日間ずっとシャムシールとアルファを見ていた。

 彼らを見ていると、漠然とした不安に襲われるのだ。

「多分、『水装アープ』じゃ奴等に勝てないよ」

「勝てるさ」

 アルファは即答した。

 水装が奴等に敗北する瞬間をこの眼で実際に見たリリーには、彼らが破滅的な思考を持っていると感じたのだ。

「どうして。相手は『水装アープ』を着た上にあんな武器も持っているのに」

「武器なら俺も持ってるよ」

「…………」

 アルファの眼を見る。彼の深紅の瞳からは「勝てる」と信じて疑わない強い意志が感じられた。

 その眼を見るとより不安になる。

「……そう」

 だが何を言っても無駄だとも感じられた。リリーとしてはアルファが負けて命を落とそうが自分には何ひとつ関係の無い事だ。しかし彼女は偽善でも3日共に過ごした彼らに死んで欲しくはなかった。

「ねえアルファ。その『水装アープ』の修理……。実は私が作業の殆どをしたって言ったら信じる?」

「……まじで?」

 やや驚いて顔を見るアルファ。リリーは初めて彼と眼が合った気がした。

「ふふ。貴方が国を救った時、私はお祖父様より立派な『水装技師』になっているわ」

「……」

「だから、死なないで」



 『水装士アーバーン』は国の全ての守護を司る。

 その『水装士アーバーン』を守るのは間違いなく『水装アープ』だ。

 ではその『水装アープ』を守るのは。

 水装技師は皆、自分の作った『水装アープ』にある願いを込める。それは他国の人間には理解が出来ない事かもしれない。

 守り守られる関係が川の様に続く。もっと引いて見れば、天から降る雨が川となり海へ。世界が、国が人が、正しい方向へ。


 『流れる様に』。

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