第5話「甲冑の街」

「止まれ」

 河上の街へは歩いて半日で着いた。入口には数人の甲冑兵が駐屯しており、3人は止められた。

「お前達、どこから来た?」

 甲冑兵の脇から街を見るに、戦闘の形跡は無い。ここは甲冑兵が支配しているものの、人々は普段通り過ごしているようだ。

 尚更怒りが沸いてくる。が、表に出す訳にはいかない。アニータが一歩前へ出た。

「街外れに家を構えていました。父が殺されたので逃げてきました。幼い弟と妹を助けてください」

「…………」

 精一杯悲壮感を出す演技をする。服装も王族が着るような物は着ていない。外国人から見たら金髪の彼女ら3人は兄弟姉妹に見えるだろう。因みにステラは顔を隠すようにフードを被っている。

「大丈夫だ。俺達は市民に危害は加えない。難民の管理は役所でしてるから、さっさと行きな」

「ありがとうございます」

 甲冑兵は人の良さそうな声で街へ迎えた。



「どうでした?」

 街へ入り、アルファがアニータへ訊ねる。

「……敵はふたりともなまりが違いました。多国籍軍か傭兵か……そもそも、普通戦争は自軍の名を誇示するものですがね」

「攻めてきた国が分からない。見た目で判断しようにも甲冑を着ていて出来ない。国からは相変わらず何も無い。街は支配されている」

「なんにせよ、不気味です。早く『水装アープ』を修理か調達をして、王都を目指しましょう。敵が街に居る以上、役所へ行くのは最終手段です」

 アニータは王族専属の世話役、教育係としての能力は全て兼ね備えてある。

 王宮料理を始め外交の為のバイリンガルは勿論、多少の剣術から貴族のマナー、各国情勢、大陸の歴史など、情報ツールの少ないこの世界において数えるほどしかいない知識階級なのだ。

 つまり便利なお姉さんである。



「…………差し押さえ?」

 だが、そんなアニータにも門外漢な分野がある。

 『水装アープ』だ。一般知識としてどういう仕組みで動いているかは知っているが、専門知識も技術も無いため水装の修理は出来ない。王都へ行くには戦いが避けられないだろう。アルファが戦えるようになるには『水装アープ』が必要だ。

 その為にはこの街に寄るしか無いのだ。いつステラの存在が敵に知られるとも知れないこの状況で、女子供だけで非武装のまま敵の進路を追うなど無謀である。

「そうだ。『水装アープ』の製造権はこの街には既に無い。ここの工房は我らの職人が以後使うだろう。詳しくは知らないがな」

 アニータの知る唯一の『水装技師』の工房は差し押さえられていた。

 当たり前だが、『水装アープ』は敵にとって驚異となる兵器だ。

 その製造元を抑えるのは当然である。

「……では、工房に元から居た技師様は……」

「あん?なんだあんたら、あのじいさんの知り合いか」

「え、ええ……」

「あの怪我だ。しばらくは大人しくしてるだろ」

「えっ?」

「息子の家で寝てるだろうよ。もう行け。俺達は忙しいんだ」



 昼間だというのに、行き交う人は少ない。肩で風を切り我が物顔で進むのは甲冑兵。

 この街に来た事のあるアニータにとって異様な光景だった。

「……その技師様の名はシャムシール翁と言います。取り合えず片端から聞き込んでみましょう」

「…………」

「アルファ殿?」

 だがアルファが気になったのは、甲冑兵がのさばる事ではなかった。

「……アクアリウスの水装士がひとりも見当たらない。戦闘した様子も無いし、街は荒れていない。これはどういう事だ?」

「言われてみればそうですね。不審な点がいくつかあります。だけどまずは……」

 言いかけてアニータは止まった。服の裾を引っ張られる感触がしたのだ。

「アニータ。お腹空いたわ」

「…………承知しました。アルファ殿。申し訳ありませんがどこか飲食店へ入ってもよろしいですか」

「そうしましょう。ですがお金は?」

「……なんとかします」



 街の至るところで甲冑兵が見られた。反対に、街の住民は出歩いていない。

 飲食店に限らず店は全て閉店していた。

「……異様な光景ですね」

「……人気があまり無くて敵がうろついてるのを除けば平和に見えるけど」

「戦闘がなければ全て平和、という訳ではありません」

 3人は広場へ出た。アクアリウスの街の広場は大体、噴水を中心に市民の憩いの場となっている。

「――――!」

 そこには大勢の人が居た。大きな人だかりが出来ている。街の人だろう。全員何か一点を見ている。

「……市民はここに集められていた……?」

「嫌な予感がします。何があるのか見てみましょう」



 広場の中心には、甲冑兵が10人ほど立っていた。そしてさらにその中心に、ひとりの人物が居る。甲冑ではなく、黒い衣を纏っている。

 その黒衣の人物は噴水の水を手で掬って飲みながら笑っていた。

「ぷは……。ハハハ。浴びるように水を飲んだなんて事は、アネゴに仕える時の『洗礼』以来だ。……さて」

 黒衣の人物の前には、市民であろう数人の男が居た。全員顔色が悪い。

 男達はひとつの大きな風呂敷を黒衣の人物の足元に差し出した。

「こ、これが……この街の『水装アープ』です」

 黒衣の人物は風呂敷を改める。中からは確かに『水装アープ』が出てきた。20着ほどだろうか。

「……これで全部だな?」

「……はい」

「よし。もういい下がれ。市民どもも帰れ。俺はこれからこの噴水で水浴びをする。何人も立ち入る事は許さん」

 最後に黒衣の人物は街の皆を睨み、それで解散となった。



「もう、終わりだ……この街、いやこの国は…」

「こんな時に、王府は何をしているんだ?」

「明日からどうしたらいいんだ」

 解散する市民はそれぞれ絶望の表情を浮かべ自分達の家へ戻っていく。

 アルファ達は市民と反対方向、広場の方へ向かう。大きく建ててある看板を見付けたのだ。

 そこにはこう書かれていた。


【ジャアの街は我らの手に落ちた

 街の水装使いが抵抗しないのが証拠である

 やがて国も我らにより滅ぶ

 ジャアの住民は我らに逆らわなければ死ぬ事は無い】


 やや拙いアクアリウスの文字だったが、街に起きたおおよその事は想像出来る。

「もし」

「……は?」

 アニータは人混みの中からひとりに声をかけた。壮年の男性だ。その表情は暗い。

「シャムシール翁のご自宅を探しているのですが」

「……誰だそれ」

「この先の工房で『水装技師』をやっていた人物です」

「ああ……あの撃たれたじいさんか」

「……『撃たれた』とは?」

 アニータは聞き慣れない言い回しに首を傾げた。

「見てなかったのか。……まあ本人から聴けよ。確か息子だが娘だかがあそこの宿をやってるぜ」

 男性は広場から見える大きな建物を指差した。

「ご協力感謝いたします」

 3人は宿を目指して広場を出た。



「……お腹空いた……」

「申し訳ありませんステラ様。宿に着いたら何か都合してもらいましょう」

「…………」

「アルファ殿」

 アルファが難しいを顔をして考えていたのをアニータが訊ねる。

「……何故街の『水装士アーバーン』は抵抗しなかったんだろう」

「ふむ。……どこかで状況を整理したいですね。先程の広場での光景で気になることが沢山出来ました」

「宿だと丁度良いけど、お金はありませんよね」

「……最悪、王族の装飾品を」

「良いの?」

「一番の優先順位はステラ様ご自身ですから」

 数分後、3人は男性に言われた大きな建物へ到着した。

 しかしそこには、大勢の甲冑兵が屯していた。

「!!これは……」

 たじろぐアニータ。アルファはその前に出た。

「行きましょう。逆らわなければ死ぬ事は無いですから」



「『水装技師』のシャムシール翁がこちらに居ると伺ったのですが」

「…………」

 宿の受付にも甲冑兵や、甲冑を脱いだ敵兵が居たが、アルファは怯まず訪ねた。受付の女性は街の市民だった。

 彼女はしばらく間を空けた後、やや申し訳なさそうに口を開いた。

「あの……お探しの宿はこの向かいの宿かと……」

「……え?」

「ですから、シャムシールさんの息子さんの宿はうちではなくお向かいの所です」

「……そ、そうですか。ありがとうございます」

「ワハハ!坊主、あのジジイの知り合いか!」

「!」

 話を聞いていた甲冑兵がアルファへ絡んだ。

「可哀想になあ!工房は差し押さえられて、逃げてきた息子の所もあんなちっぽけな宿で!」

「…………」

 アルファは無視してその場を後にした。

「おい、ガキに絡んでも仕方ねえだろ。お前も呑もうぜ」

「違いねえ」



 広場から見える大きな建物……の、向かいにぽつんと小さな宿屋があった。言われなければ気付かないほど目立たない建物だった。

 しかし、3人は取りあえずの目的地に到着した。

「ごめん下さい。どなたか居ますでしょうか」

 当然の様にそこも閉店していた。アニータが扉をノックする。

 しばらくして、ゆっくり扉が開かれた。

「はいはい。どちら様?」

 扉から覗いたのは30代くらいの綺麗な女性だった。金髪蒼眼。『星海の民』であるとアニータは分かった。

 それならば話は早い。

「……こちらはステラ王女。私は侍女です。中に入れて貰えませんか?」

「!……お、王女殿下?」

 女性は半信半疑でアニータとステラを交互に見る。

「……!」

 フードから見える水晶のような澄んだ瞳で、間違いなく王族だと女性は判断した。

「分かりました。どうぞ中へ」

 『星海の民』はそれだけで、お互いの信頼に足るのである。3人は小さな宿屋へ入っていった。



 店内はやや狭くも小綺麗に整理されており、清潔感があった。

 3人はロビーにある、本来は待ち合いに使われるであろうテーブルに案内された。

「このような汚い所で申し訳ございません王女殿下。何もありませんが……」

「あの」

「はい?」

 女性の話を遮ったのはアルファ。

「俺た……いや、姫様はこの街に来て何も食べてないんです。話の前に何か食べさせて貰えませんか?」

 何故なら、ステラがずっとアルファの裾を引っ張っていたからだ。

「かしこまりました。ですが、貴方は?」

「『水装士アーバーン』です」

「……本当ですか?」

 女性はアニータへ確認する。

「ええ。彼は水将候補です」

「……承知いたしました」

 アルファの見た目はまだ13か14。背も低く顔も幼い。女性の反応は尤もであるが、『星海の民』であるアニータの言葉を信頼した。



 出てきた料理はこの辺りで好まれる庶民的なものだった。ステラにとって初めての味であったらしく、彼女は大喜びして頬張っていた。

 アニータもアルファも、ようやく一息ついたと言った様子だった。

「では改めまして。こちらが『星海の姫』ステラ・ガニュメーデスアクアリウス王女殿下。その隣が『水将候補』水装士アーバーンアルファ・レイピア。私が王宮付き侍女のアニータ・オレイエットです」

 ひとりずつ紹介していくアニータ。あまりにすらすら言うものでアルファは感心していた。

「フローラ・シャムシールです。この宿を夫と営んでおります。まずは殿下。長旅ご苦労様でございました。夫は今出ていますので、帰り次第また改めてご挨拶を」

「痛み入ります。早速ですが、こちらに技師様がいらっしゃるとお伺いしたのですが」

「……ええ。義父は一応、ここに居ることは居ますが……」

 女性……フローラの表情が暗くなった。

「アルファ殿の『水装アープ』がステラ様をお守りするための戦闘で破損し、修繕か若しくは新規に調達したいのです。話を通して頂けますか?」

「……ええ。かしこまりました。ですが、あまり期待はなさらないで下さい」

「何故?」

「……今義父は……失意の底に居ます」

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