17話 喧嘩
「太陽……うれしいけれど、無理だよ……妹みたいでお前のことを恋愛対象になんか見ていなかったのに……」
「なんで!私は、慎太郎のことが好き、もう妹扱いなんて嫌なの!好き!好きなの!慎太郎が居れば他には、いらない!」
こうして、通しをする中で月夜野は、何かを掴んだのか始めた頃と比べ、演技も目に見えるほどの成長していた。
そして、最期のセリフが終わり、今日の練習は終わり、演技に熱が入り、緊張状態だった俺たちは、解放されたようにその場に座り込んでしまう。
「ふう……充実した一日でした。ありがとうございました沼田先輩!」
「いや、そんなことは無い。俺でもできることをしただけだし、ご飯まで作ってもらったんだ。当たり前のお返しだよ」
そして、俺も久しぶりに充実した休日だったからか、気持ちのいい汗をかいて、柄にもなく普通の対応をしていた。
それは、月夜野もそうみたいで、満足げな表情をしていた。
「いやあ……先輩、私も久しぶりに充実した一日でした。しかし、沼田先輩って演技がうまいんですね……脚本もしたことあるって聞いていましたがここまでとは……」
「買いかぶりすぎだ……褒めたってなにも出ないぞ」
「いえ!本当にすごかったです!なんで演劇部に入らなかったのですか?沼田先輩ならきっと活躍できたはずですのに!」
純粋に聞いてくる月夜野の質問。それは、俺のトラウマをかき乱すセリフであった……なんてこともなく、別に演劇部に入らない理由が、俺の過去にあるわけでもなければ、トラウマもない。単純に入ってまでしようという志がなかっただけだ。
そんな志の無い奴が入っても、演劇に本気の相手に失礼だろうから入らなかっただけである。
「別に、興味がないからだぞ。別に理由なんてない」
「あはは……先輩らしいですね……いささかドライな感じもしますが」
「しょうがないだろう……別にそう言ったところは、俺の性格なんだから、治せないわ」
うん、月夜野は、俺のことをドライな、乾きモノ男子のように見ているらしい……。ちょっと拗ねそうになった俺は、わざとソッポを向くが、熱が冷めきらない月夜野は俺に重なる様に体を動かし、両肩を掴んできた。
「沼田先輩!また、演技の練習に手伝ってもらっていいですか!私、絶対に太陽の役がやりたいんですよ!」
「別に良いぞ。どうせ、暇だし」
ヤバい、近くて、月夜野の顔が見られない、ほのかに月夜野の汗の匂いや息つかいが、間近で感じる……流石は、現役アイドルなだけある。ドキドキしてしまう。
「本当ですか!やった!ありがとうございます!」
「お……おい月夜野!抱き着くな!」
そして、感極まったのか、月夜野は、俺に抱き着いてくる。慌てるよねそれは、健全な男子高校生ですよ!俺は!
「今は、気にしませーん!私みたいな超絶美少女アイドルが甘えているんですから甘んじて受け入れるべきですよ!沼田先輩!あははは!」
「気にして!本気で気にしてよ!」
まあ、これは、これで悪くないかも知れない。一年前の俺じゃありえないイベントだったが、悪くない。むしろ、頼られることに喜びも感じていたのだが……
しかし、そんな喜びもつかの間であった。
リビングのドアがガチャと開く音が聞こえ、その先には、戸惑う幼馴染のみどりが青い顔をしてたたずんでいたのであった。
「英二……それに日和ちゃん?二人で何しているの?」
「え……伊勢崎先輩……ここ……これは、誤解であって!」
「そうだ!疾しいことなど一切ない!」
慌てて、離れる俺達、そんな俺達を見たことのない冷たい目で見るみどりは、溜息をついた。
「はあ……別に誤解もなにも無いじゃん」
「いや!変な勘繰りは、しないでください!私が悪いんです!沼田先輩を怒らないでください!お願いします!」
「日和ちゃんは、黙ってよ。あなたの事なんて聞いていない。どういうこと英二?今日は、部活の集まりだったんでしょう?」
「う……うぅ……はいぃ」
みどりの様子を見て察したのか、俺を庇う月夜野だがみどりは、冷たく言い伏せ、俺に問いかける。確かに、みどりに誘われた映画は月夜野との約束が先に入っていたから断った。月夜野のアイドルという事情も考えごまかす様な理由を言った俺に不徳はあった。
「すまん、みどりにも言えない事情があるんだ。ごまかしたのは、俺の不徳だが、疾しいことなんて一切ない」
「うん、別に怒ってなんかないよ。全然、怒ってなんかないと思う。けどね、もし私が怒っているのならそこじゃないよ……英二には、絶対に分からない」
みどりは、静かに怒る。
ソフィアの様に感情のままに怒るのとは対極。感情が一切分からない。そんな怒り。
しかし、みどりは、どんなに怒っても嘘は、つけない。そうやつだからこそ分からない。なんで起こっているかが……
「けど……すまん!とにかく!本当にすまん!」
「謝られても、なにについて、英二は、謝っているかが、私には、分からない!分からないよ!なに!日和ちゃんとそういう関係だったのを隠していたことを謝っているの!?それとも、嘘をついたことを謝っているの!私にはわからない!」
そして、俺が不用意に謝りすぎて、みどりは、ついに溜めていた感情を爆発させた。こんな緑を見るのは初めてだった。しかし、俺も、一方的に怒られ、少し頭に血が上ってしまった。
「俺だってもうわかんねぇよ!なんで、そこまで怒る!なにも言わないなら俺だって分かんねえよ!俺の何が悪い!なにをした!言ってくれよ!」
「なんでわからないのよ!馬鹿!英二の馬鹿!」
分からなくなっていた何もかも。もう俺は、何もかも分からなくなり、意地になり、なんでこうなったのかもわからず怒ってしまっていた。
おかしいと言われたらそうなのかもしれない。ついさっきまで、ドキドキしたり、充実した達成感に包まれていたはずなのに、今俺にあるのは、何もわからないモヤモヤとした醜く黒い感情のみ。もうわからなくなっていた。
「なんだよ!分からないよ!分かる訳がないじゃないか!もう、みどりなんて知らない!」
「そうですか!出てくよ!バカ!」
頭に血の上ったみどりは、リビングから出ていき、乱暴にドアは、閉められるのであった。
「ぬ……沼田先輩?」
俺を心配し、話しかけてくれる月夜野だったが……今の俺に、気の利いた言葉など分からない。きっとひどいことを言ってしまう。だから、言葉は、単純に伝えたいことだけを伝えた。
「すまん、一人にしてくれ……」
「……はい」
泣きそうな顔をしている月夜野。分からない。なんでお前が泣きそうなんだよ。月夜野は、全然悪くないのに……
「沼田先輩……ごめんなさい。私があんなことしたから……本当にごめんなさい」
月夜野は、立ちあがると、リビングを出る前に一言だけ俺に謝り、丁寧にドアを閉じ、居なくなった。こうして俺は、一人になった。
唯一の救いは、紫に俺の醜い所を見られずに済んだことぐらいだった。
結局この日は、この後、紫と、ご飯を食べ、風呂に入って寝る。それだけ、普段のルーチンワークだけをし、頭は、冷えたが、モヤモヤだけは残ってしまった。
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