第35話 「おかえりなさい」

「貴様、なんだあのお粗末な作戦は! 完全に人頼みではないか!」

「結果的に上手く行ったんだから良いだろ……」

「くっ……悪びれもせず……!」

「お前も言ってたじゃねぇか、この世は結果が全てだって」

「気に喰わぬ……貴様のその態度が気に喰わぬっ‼」


 突然やってきた嵐のような出来事に呆気にとられ、当然ながら処刑は中止。ライラさんは無実の聖女・・として身の潔白を証明された。

 そこから更に大司教国への暴動へと繋がる気配がないわけでもなかったが、あまりの出来事が起きてしまったために、民衆は皆、完全に気力を削がれていた。

 午前中の熱気は嘘のように消え、皆散り散りに広場から退散していく。

 恐らくは、祭り気分でやって来たらとんでもない目に遭い、理解が追い付いていないヒトが多いのだろう。その後に外を歩くヒト達もまた、どこか茫然と地に足が着いていない様子だった。


 そんな民衆の間を抜け、レラジェさんに導かれるままに僕はルイン様やレイさんの元に戻る。既に皆揃っており、そこには着替えをすませたライラさんの姿もあった。


「ライラさん!」

「フェイトさん! ふふ、お帰りなさい」

「それはこっちの台詞ですよ! すごく心配したんです、本当に心配したんです……」

 あんなことがあった後だと言うのに、ライラさんはいつも通りの優しい笑顔で僕を迎えてくれた。その笑顔がなんだか眩しくて、僕の胸がつきんと痛む。

 ライラさんは、僕があの戦争に出ていたことを知っているんですよね? ――と、思わず聞きたくなってしまった。だけど、それは聞かない方が良い気がした。だって、それを口にしてしまえば、きっとライラさんが哀しんでしまうから。

「あら、フェイトさん? 目の色が変わりましたのね?」

「え?」

「ルインさんと同じ色をしていらっしゃいますわ」

「え⁇」

 思わず目を抑える。自分では全然気付かなかった。っていうか、誰もそれを指摘してくれなかった。

「あぁ、契約をすると体の一部が同じになるようだ。そなたは目に出たらしい。良かったな。運が悪いととんでもないことになるらしいが」

 ルイン様は「忘れていた」といったようなていでさらりとそれだけ言って、ライラさんの前に立つ。

「無事で良かった。そなた一人守ることができない、不甲斐ない私を許して欲しい」

 そう言って頭を下げるルイン様に、ライラさんはやっぱりいつもの調子で笑っていた。

「ふふっ、ルインさんが謝ることなんて何一つありませんわ。ルインさん、それに皆様、助けて頂いて有難うございます。このご恩、一生忘れません」

 その一言で、場の空気が柔らかくなったのが分かる。


『おーーーーーい……!』


 そのとき、背後から聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。あれは――……

「院長! 無事だったんですね!」

 長らく姿を見ることが叶わなかったアギレラ院長そのヒトだった。



 これまであったことを全て院長に話し、同時に、院長から修道院の真実や院長自身のことについて話してもらうことができた。


 レイさんの推測通り、院長は昔、ボスディオス教で育成官なる上位職に就いていたらしい。アギレラという姓はそのときに賜ったものだという。

 けれど八年前の戦争のとき、院長は主から直々に啓示を受け取ったそうだ。

 曰く、人間は人間でしかない――と。

 そこにどれだけの意味があったのか、今の僕には分からない。けれど、当時の院長にとってはその言葉だけで十分だったらしい。

「たとえ特殊な力を持って生まれようと、たとえ魔族と契約しようと、たとえ神族の恩寵を賜ろうと、神族に敵と見做されようと、結局人間は人間でしかないと、そう気付かされた。人間を更なる高みへ――などという大義名分のもと、子供達の笑顔を奪うような行為は絶対に間違っている、と」

 だからそうした特殊な子供達を守るため、院長は鷲の巣の修道院の中で、子供たちが自分の身を自分で守れるようになるまで守っていこうと、そう決めたのだそうだ。

「それで私の行いが消えるわけではないが……しかしやらずにはいられなかった。グレースと出会ったのもちょうどその頃でね。彼女も同じく主から啓示を受けていた。決意するまでにそう時間はかからなかったよ」

 院長のその話を聞くことで、僕の溜飲はようやく完全に下りた。

 僕がこれまで過ごしてきた日々は間違いではなかったし、あそこはやっぱり、かけがえのない僕の居場所だったのだ。


***


 その後は各々自分のあるべき場所へと返っていった。レイさんとロウカさんはまた東の国へ。レラジェさんはレレンテに戻った後に魔界へ。

 コトカさんは冥界にミスラを迎えに行ったあとに魔界に下りると言っていた。アディス様からレイさんに連絡を取ってもらい、都合の良いときに解呪をお願いするそうだ。それが済んだらまた修道院に戻る、とも。

 院長とライラさんは当然ながら修道院へ。

 そして、僕は――……


「ルイン様、僕はもう暫くこの修道院で暮らして行こうと思います」

「あぁ、それが良いだろう」

 意外にあっさりとそう言われて、少しだけ拍子抜けしてしまう。

「修道院はこの惨状だし、皆のことも気がかりであろう? 落ち着いて気が向いたときに魔界に来い。その頃には私がアイラの皇帝となっているだろうから、そなたは晴れて皇帝付きの……従者、いや……ペットだな」

 この間は「望んでいるのは対等な関係」とか言っていた気がしたのだけれど、たとえペットそれでも僕は別に構わなかった。だって、僕自身がこの方に仕えることを望んでいるのだから。あの時に受けた恩、そして今回受けた恩、その全てを一生をかけて返し続けたい。

「はい、喜んで!」

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