第14話 触らぬ××になんとやら

「私が酒場で聞いてきたのは、まず最近、大司教国の兵士や上層部の出入りがそこそこある、ということだ。この街にはそれほど多くは入り込んではいないようだが、ここ数日は密偵のような人間が増えた、と言っていたね」

 とはいえ未だ大きな事件などは起きておらず、戦争が始まったという実感もこの街のヒトは乏しいらしい。今後どうなっていくかは分からないものの、今暫くはこれまで通りの生活を送ることができそうだ、というのが酒場に居た人々の見解だそうだ。

「それから、もう一つ面白い話を聞いたね。なんでも、戦争が始まるという噂が流れ始めてから――いや、その前に、と言う人もいたかな? いずれにしても、街に魔族と妖族がよく現れるようになったらしい」

「え? 魔族と妖族ですか? この国で?」

「あぁ、そうだ」

 レイラハード公国はボスディオス教の国――極端に言えば神族至上主義の国だ。魔族と神族は通常相容れない。だからこの国には魔族は滅多に現れないものなのだけれど……。

 そして妖族もまた神族との折り合いが悪い。東の方では仲良くやっているとの噂もあるものの、少なくともこの、大陸の西側諸国の妖族は一方的に虐げられる側の存在だ。そのためやはり神族には近寄らないし、人間とすら関わりを持とうとしない。

 そんな二種族の出入りが多くなっているというのは一体どういうことなのだろうか。そこでふと思い出すのが、先程聞いた「魔女」の話だ。

「あの僕、実は――」

 先ほどとある男のヒトに助けてもらったこと。そのヒトから異端審問官が魔女を探しているらしいという話を聞いたことを二人に話す。

 異端審問官については相当苦い思い出がありありとあるのだろう。コトカさんは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、舌打ちをした。


「それから、昼間に酒場で精霊族の女の子と会ったんですけど、彼女も何か関係しているのでしょうか?」

 そもそもの話、禁忌に「他の種族と交わってはならない」とある以上、余計な情が生まれないようにと他種族同士の交流は最低限にすべきだというのが一般的な考え方だ。それは人間に限らず、他のどの種族も少なからずそうした考え方をしていると思って良いだろう。

 だから世界を分け、それぞれの地で生きることを選んでいるのだ。

 ただ、それだけでは世界が回らないから、ときには交流を持つこともある。その際に必要以上に近い存在になってしまわないようにということで、それぞれの国や宗教ごとに様々な決まりごとができているのだけれど――。

「ふむ、精霊族か……。その少女については今のところはなんとも言えないな。精霊族……というよりも、精霊界は現状最も閉ざされた世界だ。ほぼ鎖国していると言っても過言ではない。彼らが何を考えているのか理解することは、神族の意思を慮ることよりも難しい」

「そう、ですよね……」

「ただ、今現在あらゆる種族がこの地に集まっているというのは……流石に少し気になるところではあるね」

 そうなのだ。こんなにも多くの種族が一気に集まることなど滅多にあるものではない。それもこの、実質的に神族の支配下にあるこの国で。


「ねぇ、フェイト」

 話が行き詰りそうになったそのとき、口を開いたのはコトカさんだった。彼女はじっとこちらを見つめながら、しかし相変わらず鋭い刃物のような視線を僕に向けてくる。

「その、助けてくれた男のヒトって、どんなヒトだった?」

「え? えぇ、っと……カッコイイヒトでしたよ!」

「そうじゃなくて! やっぱりメンクイなんだ……」

 咄嗟に出てしまった言葉に非難の声が浴びせられる。当然だ。僕も口走ってから後悔した。

「ご、ごめんなさい。でも、えっと、そうですね……あぁ、そうだ。そのヒトが昼間の彼女が探してたヒトでした。大きくて、黒くて、白くって……」

「昼間の彼女というのは精霊族の少女のことかい?」

「はい、そうです」

「そのヒトは、精霊族?」

「え? いや? いやぁ……?」

 彼が何者なのか、全然気にも留めなかった。当たり前のように人間だと思い込んでいたが、実際には違う可能性もあったのだ。

「彼は大きかったと言っていたね。すると精霊族の可能性は低いだろう。精霊族は基本的に小さい。男性でも……フェイトほど小さくはないが、精々一七〇リベイト前後が平均らしい」

「院長、今さりげなく僕のこと……! いえ、でも、そうですね。多分精霊族ではない、と思うんです。魔族のことにやけに詳しかったような? う~ん……だけどボスディオスとクライオスの関係についても詳しかったし……なんか、すごい物知りなヒトでした」

 我ながらとても残念な回答だということは分かっている。分かってはいるけれど、今の僕にはそれ以上のことを答えることはできない。修道院の件に関して、下手にぼろを出したくないというのが本音だった。

 こんなにも優しくしてくれる院長やコトカさんを信じきれず、疑念を抱いてしまう自分が情けない。きっと勘違いだ、きっと考えすぎだという思いとは裏腹に、彼の言葉の中にとりわけ引っかかるものがあったのもまた事実なのだ。

「そ、それはそうと……!」

 だから、もうこれ以上突っ込まないで欲しいという思いも込めて、僕は無理矢理話題を変える。


「その、異端審問官が探している魔女については、その、どう思いますか?」

 実際、これについては院長の見解を聞きたかった。その人物が見つからない限り、恐らく彼らはこの国に何度でもやってくるのだろう。そう考えるとぞっとしない。

 そのヒトを知っているからといって突き出そうなんて恐ろしいことは考えない。だけど、少しでも危険を遠ざけたいと思ってしまうのは当然のことだとも思っている。そのヒトには申し訳ないけれども。

「魔女……か……」

 院長が深刻な面持ちでそう呟いた。一瞬考える素振りを見せたものの、直後に彼は手を開き、首を横に振った。

「どう思うと言われても、情報がないからね」


 彼は今、嘘を吐いた。


 直感的にそう思った。左手が、一瞬ではあるけれど眉をなぞろうとした。全部が全部嘘だとは思わない。けれど、恐らく今の言葉の中には数割程度の嘘が含まれていた。どこに嘘があったのだろう。院長は、何を隠しているのだろう。

 ただ、今ここでそのことを掘り下げようとすると、僕の方が墓穴を掘ってしまう気がする。

「ですよね。魔女なんて、知る訳ない、ですよね」

 きっとここはあえて無視するのが最適解だ。少なくともこの街に居る限り、僕の味方はこの二人しか存在していないのだから。

 触れなければ平和に終わるということだって世の中にはたくさんあるのだ。触らぬ神族になんとやら、とはよく言ったものだと思う。

「フェイト……どうかした?」

 コトカさんが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。やっぱり僕は気持ちを隠すのが下手くそみたいだ。すぐに顔に出て、こうしてすぐに誰かに悟られてしまう。心を落ち着かせるために、脳を冷静にするために、一度大きく息を吸う。そしてそっと吐き出して――

「大丈夫ですよ。何でもないです」

 きっとすぐにバレてしまうだろう嘘を、僕は吐いた。


コンコンコン――。


 突如耳に入る扉を叩く音に、一瞬空気が固まった。

 もしかして異端審問官がここまで来たのだろうか――そう思っているのは、恐らく他の二人も同じだ。院長は机の陰に、コトカさんは寝台の裏に身を隠す。僕は拳銃を手に取り、安全装置を解除する。扉のすぐ横に体をつけ、入ってきた相手をすぐに迎撃できるように身構えた。

 二人に目配せをすれば、院長もコトカさんも何も言わずに静かに頷いた。

「はい、どなたでしょうか?」

「あ、すみません。ちょっとお聞きしたいことがあって――」

 凛と透き通った、とても可愛らしい声が聞こえてくる。女の子の声だ。それも、どこかで聞き覚えのある――?

「…………もしかして、ロウカさん、ですか?」

 そんなまさかという気持ちを抱きつつも、この声はそう簡単に忘れられるものではない。半ば疑う気持ちはあるものの、ほとんど確信に近い質問を投げかける。

「え、あれ? なんであたしの名前?」

 一応……万が一にも備えて拳銃は構えたまま、ノブに手を掛けた。そっと扉を開くと、そこには大きな双眸を更に大きく見開き、きょとんとした表情で立ち尽くす彼女が居た。

「あ、さっきの――!」

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