「そして幸せに暮らしました」

結城 瞳

めでたし、めでたし?


「おはよう、エイレネ」


にこやかに微笑みながら料理を運ぶと、俺の愛しい恋人はゆっくりと起き上がった。美しい紅の髪がベッドに垂れる。綺麗な緑の瞳に見つめられ、ドキドキと心臓が早鐘を打つのが分かった。


**


この世界には「魔王」と呼ばれる悪の存在が君臨していた。狂暴で醜悪な配下を従え、この世界を滅ぼそうと企んでいた。

俺はその「魔王」を討伐するべく旅に繰り出した「勇者」。信頼のできる仲間と共に「魔王」の居城に乗り込み、壮絶な戦いの末、見事打ち倒した。

エイレネは、魔王に捕らえられていた紅の髪の一族の娘。精霊と心通わせることができる、清らかな女性だ。

発見した時、可哀想なくらい震えていた。俺が救出に来たと告げると、エイレネは安堵し、決壊したように泣き出した。


『この人を守ってあげたい』


そう強く感じたことを覚えている。

そして現在。

俺は「魔王」を倒した功績により、辺境に新しい国を建国することが許された。エイレネと結婚できたら…と考えているけれど、彼女は奥ゆかしく謙虚だ。だから、『「勇者」の妻になんて相応しくない』と求婚を受け入れてくれない。俺としてはエイレネ以外と結婚なんて考えられないんだけどな。


「朝食を持ってきたよ」


目の前に用意した食事を、エイレネはじっと見つめたまま食べようとしない。エイレネは食が細いんだ。そのせいであまり体力がない。いつもベッドで会っている。

恋人だから、その、そういう触れあいもするんだけど…いつも抱き潰して壊してしまうんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。


「少しでも食べてほしいな…」


安心させるように穏やかに話しかけると、そっとナイフを手にとってくれた。よかった。

ホッとしながらエイレネを見つめていると、エイレネはナイフをぐっと握り、



自分の手首に突き立てた。



「あっ!何してるんだ!」


慌ててその馬鹿げた行為をやめさせる。

ナイフを弾き飛ばし、治癒の魔法をかける。

よかった、傷は浅い。

エイレネは「魔王」に捕らわれているとき、とても酷い目に合ったらしい。そのトラウマがフラッシュバックして、時々自傷に走る。


「もう…ダメだよ。君を捕らえていた『魔王』はもういないんだから」


治癒の魔法をかけ終わり、優しく微笑みかけると彼女ははくはくと口を動かした。

喋ろうとしてくれるのは久しぶりだなぁと思いながら、彼女の首に巻かれている『枷』を外してやる。

すると、彼女はその綺麗な顔を歪ませた。

そんな顔も可愛らしい。


「……、さ、ない…」

「ん?なぁに?」

「…あなたを、絶対に…許さない…」

「久しぶりに声を聞けて嬉しいよ」

「…狂った殺戮者の、あなたを、許さない…」


涙をこらえながら紡がれるその言葉は、とても美しい響きのように感じた。


「俺のこと好きになってくれた?」

「…っ、誰が、あなたなんかを!」

「そう…残念だ」


可哀想なエイレネ。

捕らわれて、「魔王」の恋人なんかにされてしまったから、他者を信じることができないんだ。もしかしたらまだ、「魔王」の呪いがかかったままなんだろうか。

そっとエイレネを縛る手枷と足枷をなぞる。

逃がしたりしない。

自分で自分を亡き者にするのも許さない。


ああ、エイレネ。愛しい人。

きちんと勇者の物語のように振る舞ってよ。



「魔王」に捕らわれていた哀れな女性は、「勇者」と末永く幸せに暮らすんだろう?



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「そして幸せに暮らしました」 結城 瞳 @yuki_hitomi

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