最終話 日常病めれど物語

 夏風の再訪、ノックオン。


 ベランダに干されたバスタオルを、風が腕のように使いトン、トントンと窓を叩くのだ。

 居留守いるすを決め込みたい気分なのだが、連日の熱帯夜になかなか寝付けない上、こう何度も窓を叩かれては……。

――どうぞ。

 窓を叩く音が消える。


 吹く風も日常を生きている。

 穏やかで時に荒々しく。

 四季の匂い、芽吹く命を運んだり。

 疎まれる、害となるようなものも運ばなければならない。

 流されるように生きる中でもそれを止めない。


 時折、帽子を飛ばそうとするくらいの遊びには付き合ってあげよう。

 こうして、窓をノックする時は耳を傾けてあげよう。


 私も日常を生きる。

 時の流れにはあらがえず、歩みを合わせ、表裏の葛藤かっとうを抱える。

 止めたくなる。

 病めて当然だ。


 ただ、病んでしまい、お医者様から病気のお墨付すみつきをもらっても大丈夫。

 あの日感じた風は便り、鳥は目覚まし、空はどこにだって広がっている。

 そう思うだけで、また物語に出会えるのだ。

 私――あなた――がただ、そう思うだけで。


 さぁ、次はどこへ出掛けよう。

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聖地巡礼記 ~秩父編~ ヒナハタ フロウ @flow_hinahata

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