第3話 沈黙アンサー

 せみの鳴き声に迎えられた定林寺ていりんじ

 騒がしいなと思いつつ、悪い気はしない。

 夏の木漏れ日、青々と茂る夏草を目にすると、やはり五感が欲するものがある。


 無心にキャッキャと遊ぶ子供たちの姿が、蝉の鳴き声を通し耳で感じられるのだ。

 目を閉じるとハッキリ見える光景もある。

 これも可視光景かしこうけいと満足気な自分だ。


 暑さ、流れる汗をあおるようなその声——鳴き声とも笑い声とも聞こえる——は、この夏、今日という日を必死に生きている。

 並ぶ赤いのぼりを横目に、汗を拭い立ち止まる。

 正午を過ぎ、気温は三十八度を超えていた。


 石段前、カゴ付きお揃いの自転車が並んでいる。

 カゴにはレンタルサイクルの表示。

——その手があったか。

 秩父駅に車を停めて、徒歩で街を巡る私は既に全身汗でぐっしょりだ。


 境内奥のほうから人の声がする。

 一人で気にもしていなかったが、私の着ているTシャツは元々のグレーからまばらなチャコールに変色している。

 今更ながら、この装いは他人を気にすると恥ずかしくなる。

 回りを気にする性分は、たとえ生活圏テリトリーを離れても変わらない。


小生しょうせい、これほどの感動はないでござる」

「まさしく」

「お二人、そこでポーズを」


 古風というか、現代に過去を無理矢理当てはめたような。

 あるいは、オタク独特の言い回しと言ったほうが分かりやすい。

 各々の役割を持ったような会話を続ける三人組の男性陣。

 まとう空気も共有する気持ちも、レンタルサイクルでなくたってお揃いの自転車を漕いでいそうだ。


 私の存在に気付いたようで、急に弾んでいた会話が沈黙へ。

——俺、けっこうそういうノリ好きなんだぞ。

 沈黙に一言残し、彼らの時間を邪魔しないよう定林寺を後にする。

 車に戻り、Tシャツを着替えるのであった。

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