第13話 冒険者カザルス




 はるか遠く離れた世界…………




 ドナレッキ王国の廃墟では、三日間にわたり、激しい戦闘が続けられていた。


 六十三年前、ドナレッキ王国を壊滅させた巨龍バハムト。その龍が永い眠りから覚めた。


 バハムトの巨大な口からは、火山の噴火のようなブレスが放出され大地を溶かす。ひとたび世界樹の幹のごとき尾が動くと、岩造りの要塞は、まるで、おもちゃの積み木のように破壊された。


 人類が誕生する以前から大地に君臨している伝説の巨龍。それと戦っているのは、幾万の騎士から構成される軍隊ではない。


 ひとりの冒険者だ。その名は、カザルス・ヘンドリクス・セゴビア。


 精悍な顔つき、引き締まった身体。若くはない。


 もし彼を知らない人がその行為を見たら、気が狂っていると思うだろう。しかし、彼を知る人にとっては、それは無茶でも何でもない。彼がやると言えば、やる。誰もがそう信じていた。




 ディルダム王国の冒険者ギルドに所属しているカザルスは、これまでに数多くの世界的危機を救ってきた。国王、アマデオ・ヴィットリオ・ディルダムは彼を国家の英雄とし、王国の騎士長にしたいと考えているが、カザルスはそれを固辞している。ディルダム王は無理強いしない。カザルスの目的を知っているからだ。


 コンタギオと呼ばれる男を倒すこと。


 それが目的だ。十二年前、カザルスの妻と息子を死に追いやった男である。


 男とは言っても人間ではない。姿は人間だ。町から町へと、ふらりと現われては、その町の人々に溶け込み、自然になじんでしまう。人当たりは悪くない。誰もが彼を疑わない。


 しかしその陰で、彼は自分の配下を増やす。勧誘や洗脳などではない。彼は人の頸を噛み、小さな穴をあけて、そこから自分の種を植えつける。種を植え付けられると、ある者はそれに適合できずに死に至る。ある者は凶暴性が増し、知性の低い殺人マシーンへと変わる。そしてまれに、高い知性と戦闘力をかね備えた、コンタギオに忠実な配下が誕生する。



 カザルスは十五歳にして冒険者となった。二十九の時、同じ冒険者仲間だったマリアと結婚。翌年、息子フィリップが誕生した。


 三人は、ディルダム王国山間の村で、幸せに暮らしていた。


 フィリップはカザルスから剣術を習う。父を尊敬し、将来一緒に冒険に出ることを夢見ていた。


 フィルが十二歳の時だ。カザルスが村を留守にしていた時だった。


 村を訪れていたコンタギオがフィルに種を植えつけた。


 フィルは適合した。心を失い、身体は変化した。筋骨隆々となり、皮膚は黒光りし鎧のようになった。コンタギオは大いに満足し、彼をクェドバスケモドと名づけた。


 カザルスが村に帰って来た時に目撃したのは、クェドバスケモドがマリアを殺すところだった。クェドバスケモドは自分を制御できずに暴れていたのだ。


 この時、コンタギオはもう村にいない。カザルスは怒り狂い、クェドバスケモドに戦いを挑むも、まるで歯が立たず負けてしまう。


 カザルスは復讐のため、恥を忍んで逃げた。村の生き残りからクェドバスケモドはフィルだと教えられて愕然とした。カザルスは悩みに悩み抜き、自分の手でケジメをつけようと決意した。


 彼は壮絶な修行を積んだ。


 修行ののち、クェドバスケモドを倒したカザルス。それ以来、彼は、元凶であるコンタギオを探し求めた。


 大切な友人知人、そして愛する妻、何より自分の命より大事な息子を化け物に変え、それに手を下させた恨み。


 カザルスは復讐の旅をつづけ、彼の情報を集めた。



 コンタギオ直属の配下は24エクエスと呼ばれていた。


 ひとりが一軍に匹敵するほど手強い。かれらはコンタギオに完全に忠実だ。それ以外はエトセトラと呼ばれ、その多くは本能にまかせて行動した。


 目に見える害は、圧倒的にエトセトラが多かった。ギルドでの討伐依頼は、ほとんどがこのエトセトラだった。


 24エクエスは誕生した直後は不安定で攻撃性が高い。フィルのように身体の見た目が変化するものもいたが、多くは、元の姿のままであり、ひとたび安定化すると町や村に溶け込んでしまう。


 溶け込むと、目立った行動を起こさない。そこが不気味なところでもあり、見つけることが困難な点でもある。



 カザルスは、一生をかけてコンタギオを追っている。


 が、復讐が全てではない。彼は自分の妻と息子を愛していた。そしてそれを失う悲しみを十分すぎるほど味わった。自分の息子だったクェドバスケモドを殺す時には、血の涙をながして慟哭したほどだ。


 それゆえ、たとえ報酬が少なくても、あるいはゼロでも、女性や子供を苦しめる悪を放っておくことは出来なかった。彼は人助けとなる仕事を積極的に引き受けた。彼が英雄と呼ばれる所以である。


 町を歩けば、子供たちが楽しそうにカザルスに近寄って来る。多くの女性の憧れの的だった。カザルスは気さくで明るく、人々からとても慕われていた。もしカザルスに嫉妬し、彼を悪く言うようなら、町中の人々に囲まれ、石を投げつけられるだろう。




 その昔、ドナレッキ王国を滅ぼしたバハムトは、まるでクマの冬眠のように、その地下にもぐり、永い眠りについていた。それがまた目覚めたのである。


 龍が移動を開始し、新たな都市を見つけたが最後、そこに住む人々はことごとく殺されてしまう。


 自国を遠く離れた場所にまで大軍を送ろうとする国はない。たとえ出しても全滅は必至だ。それほど龍の破壊力は圧倒的であり、地震やハリケーンなどの天災と同じ扱いだった。


 だれもが龍を恐れた。龍は次にどの国をいつ襲うか分からない。ディルダム王はギルドに巨龍討伐の依頼を出す。


 世界の平和のためだけではなかった。たしかに王は騎士道精神にあふれ、信仰心が篤かった。


 が、ディルダムは海上貿易が盛んであり、植民地政策に力を入れている。近隣諸国と友好的関係を築くことで強大な国になったのだ。その地位が、国としては、わずかな金銭で買えるのなら安いものだった。


 その金額は個人的に見れば決して安くない。一つの村の住人が全員一生遊んで暮らせる。そのくらいの報酬だった。


 だが、どの冒険者も引き受けようとはしない。国を亡ぼす龍だ。当然である。


 しかし、カザルスだけは別だった。彼は、それを知ると、即座に十人の遠征隊を編成した。


 半数は初老の船乗り。全員家族はいない。それから、カザルスと同じギルド所属の冒険者チーム「クラロ・デ・ルナ」のメンバー、アンリとロベール、ジャクリーヌの三人。ひとりひとりが一個小隊に匹敵するほどの強者だ。


 そして龍退治にはまったく不釣り合いな、二人の小さな子供。エラリーはエプロンを身につけた、村娘といった感じの少女。そして、木剣を背負った、やんちゃそうな男の子、マリオ。


 彼らはどんな危険な場所に行く時も、必ずカザルスに付き従っていた。「あぶないから、来るな」と言われても、泣いてついて来る。カザルスは、今では、この二人の子供を留守番させることを、完全に諦めていた。




 バハムトがいる場所は、ディルダム北方のエセ島。もとドナレッキ王国の東。海沿いの要塞跡だ。


 地下から這い出てきた巨龍は、何日もそのまま動かずにいた。死にかけているのではない。太陽の光を浴び、身体が温まりきるのを待っているらしい。


 上陸したカザルス一行は、想像をはるかに上回る、龍の巨大さに肝を冷やした。


 まるで山だ。龍の前にたたずむ半壊した要塞がおもちゃのようだった。


 カザルスは、船は沖合で待機するように指示を出す。そして「クラロ・デ・ルナ」と共に小型のボートでエセ島に上陸した。


 「クラロ・デ・ルナ」は、遠距離魔法攻撃や弓でカザルスを援護しようとしたが、それらは完全に無駄に終わった。


 巨龍に傷ひとつ付けられず、彼らはひとりふたりと龍のブレスに焼かれていった。命はなんとか取りとめ、ボートで沖の船に退避する。


 そしてカザルスは、ひとりで龍に立ち向かうことになった。




 壮絶な死闘だった。天から稲妻が無数に落ち、大地が裂け、山が崩れた。


 龍のウロコは一枚がまるで鋼鉄のベッドのようだった。ぶ厚く硬い。ふつうの武器だと傷一つつけることはができない。カザルスの持ついくつもの武器は一太刀で折れてしまった。魔法をぶつけても、まったく効果が見られなかった。


 唯一効果のあった武器は、トリウンフォと呼ばれる古代遺跡から発掘した刀だった。見た目は日本刀、大太刀だ。ディルダムの刀工は、これはヒヒイロカネで造られていると言った。柄はキマイラのなめし皮が巻かれている。


 カザルスがこの刀に力を込めると、刀は不思議な光を放ち震えた。そして巨龍のウロコを、まるで南瓜のように斬った。しかしウロコを斬るだけでは龍にダメージを与えられない。刀では龍の皮膚の表面を傷つけるのが精いっぱいだ。


 それゆえ、カザルスはウロコを斬り裂くと、刀を皮膚に突き立て、内部に魔法を打ち込む。巨大な火炎球が龍の体内で爆ぜる。


 龍はのたうつ。暴れて、傷口に貼りつくカザルスを潰しにかかる。カザルスは咄嗟にはなれ、また別の場所で攻撃を繰り返す。


 身体に貼りつけば、龍のブレスは当たらない。


 が、龍は奇妙な魔法を使った。龍のウロコから絶え間なく、無数の火炎や光線をランダムに発射した。カザルスは身体をひねりつつ避けるが、すべては無理だった。回復を繰り返しながらも、ダメージが蓄積する。


 戦いは龍とカザルスの体力勝負となった。気を抜くと一気に均衡が崩れる。


 そうして永遠とも思える時間が過ぎていった。




 四日目の朝だった。


 沖合の船上で心配していた遠征隊は、島から絶え間なく聞こえて来ていた轟音が止んだことに気づいた。彼らは睡眠をほとんどとらず、カザルスの勝利を祈っていた。


 二人の子供、エラリーとマリオは甲板に立ち、島を見つめた。


「カザルス……、生きてるかなぁ」

「ばか! カザルスさまが負ける訳ないだろ!」


 大やけどで傷ついた冒険者アンリは、少女の肩に手をかけた。全身は包帯で巻かれていて、足を引きずっていた。


「確かめに行って来ましょう。ここで待っていてください」


 そして、傷ついた三人の冒険者たちは、ボートに乗りこもうとする。が、初老の船乗りたちが、彼らを引きとめた。


「ここはワシたちの出番じゃ」

「お前さんらは休んで待っとれ」


 船乗りのうち二人がボートに乗り、朝日をあびるエセ島へ向かい、静かにオールを漕いでいく。


 夜明けの海は、七色に光り輝いていた。

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