69話『想い敗れた後……』

「はぁ……」


 放課後の教室、俺は机に突っ伏して大きな大きなため息を吐いていた。みんなはもうぞろぞろと帰っていっているというのに、俺はどうにもそんな気分になれなかった。涙も枯れ、今度はため息で辛い気持ちを吐き出そうとするけれど、どれぐらいあるんだってツッコみたいほどにその痛みは消えてなくならなかった。


「どうした元気ないな?」


 そんな折、俺と同じ帰宅部で放課後に残ってすることもないであろう修二しゅうじがまるで空気でも読んだかのように俺の元へとやってきて、いつもの調子で話しかけてくる。


「いやぁー半分分かってたとはいえ、やっぱ嫌いって言われるとキツいもんだなぁー……ってな」


 なぎさとのこともあってか人とまともな会話をする気になれなかった俺は、修二に全くの説明もなく今感じている素直な気持ちをべらべらと喋っていく。渚への告白はまだ早計だったのだろうか。もうちょっと慎重に行動するべきだったのだろうか。でも、はたしてそれで渚の考えを捻じ曲げることができたのだろうか。色々な思いが頭を駆け巡っていくが、それを後悔したところで今更もう遅い。現実に、渚が俺を『フッた』という事実に変わりはないのだから。


「わかるわぁー……俺なんか毎日のように女の子たち言われてっけど、やっぱりツラいぜぇー?」


 そんな質問の答えになっていない俺の言葉を聞いているはずなのに、修二はそのままその話にノッてきて、まるで親身になって自分の経験も交え同調してくる。


「お前のそれとは全然違うってーの……はーあぁ……」


 何を勘違いしているのかはわからないが、そんないつもの調子の修二がこういう事態の時ではウザく感じてしまう。俺は再び大きなため息をつき、修二に呆れていた。のだが、


諫山いさやま姉のことだろ? わかってるって」


「はっ!? お前、何で――?」


 なんと修二は俺と渚のことを知っていて、どうやらその上でさっきの言葉を投げかけてくれていたようだ。でも今日の、今さっき起こった事なのに、何故コイツはそれを知っているのだ。それが疑問でしょうがなかった。それに俺は『渚』という単語は一言も口には出していないのに。


「俺の情報網舐めんなよ? ま、それに言ってしまえば俺はお前の『ストーカー』みたいなもんだしな!」


 そんな困惑している俺に、ドヤ顔をしながらそう高らかとアホみたいなことを宣言する。コイツは自分で言っていることの意味がちゃんと理解できているのだろうか。そんなこと言われたって、それは結局『犯罪宣言』しているだけのことなのに。あまりにもそれが背筋が凍るようなおぞましさだったので、


「気持ち悪ぅ……」


 俺はそう言いながら修二に冷めた眼差しを向けながら、ドン引きしていた。元からコイツは俺の情報に詳しいとは思っていたけれど、もはや『ストーカー』レベルというのは流石に引く。俺にももちろんプライベートというものはあるわけで、それはたとえ親友である修二にだっておかされたくない領域なのに。そこにズカズカと土足で踏み込んでくるコイツ。色々と見られたくないものを見られていたと思うと、寒気が走る。


「冗談、じょーだん! ホントはな、お前が写真部の部長とコンタクトを取ったことが気がかりだったんだ。それで写真部とお前の接点を考えていったら、そういえば『ミスコン』の写真の管轄は写真部だったなぁーってな」


 未だに怪しさが消えないそんな言葉で始まり、修二が俺たちの関係に気づく経緯を話し始める。


「それで俺と渚を怪しむようになったわけか」


 顔が広い修二に頼んだのはちょっと失敗だったのかもしれない。それで余計なことに考えを至らせてしまった。もっとも、それがなかったら俺が渚への思いを確信することはできなかったかもしれないけれど。


「あぁ、まあ元々お前たち2人は目立つ人間だし、色々とウワサが俺の耳に入ってきてたからな」


「――ま、それはさておきさ、1つ言っていいか?」


「何だ?」


「お前はここで引き下がるようなヤツじゃあねぇーよなぁ?」


 修二はさっきまでのオチャラケた表情とは違い、真剣な顔つきで俺にそう問いかけてくる。


「……あたりめーだろ?」


 俺はそれに対し、当然のように強く肯定する。1度フラレたぐらいでなんだ。たぶん、きっそ、おそらく渚のあの言葉だって本心でそう言っているわけじゃないはずだ。自分の想いを掻き消すために、自分の想いを自ら否定して『偽りの感情』を自分に信じ込ませようとしてたんだ。だからこそ、俺にはまだチャンスがある。そのチャンスは限りなく小さく、まばたきしただけで見失ってしまいそうになるほどだけど、俺はそのチャンスを絶対に掴み取ってみせる。澪のためにも、そして何より俺自身のためにも。


「それでこそ『秋山あきやま煉』だ! ゴリ押してでも掴み取ってやれ!」


「おう。でさ、もしも――」


「ああ、皆まで言うな。俺はお前の恋路を邪魔するようなあくどいヤツじゃねぇ。ちゃんとサポートはしてやるから、安心しろ」


 俺が全てを言い終わる前に手でそれを制止し、わかったような口ぶりでそう言ってくれる修二だった。


「ありがとな」


 『こういう時だけは』というのはちょっと余計かもしれないが、そう言ってくれる修二がホント頼りになる。ホント、感謝しかなかった。いつもそうだった。クリパや文化祭などなど……そう言った時はいつも修二は俺をサポートして、助けてくれる。今回もそれに甘えさせてもらおう。


「まあ、今回は状況が状況だしな。それにしても頑固なお嬢様だねえー」


「どっちかつーと『優しい』んだよ。優しすぎるが故に――」


「「自分を傷つけてしまう」」


 みおの恋路を邪魔しないために、自分を傷つけてでもそれを成し遂げようとする。自分の想いも押し殺して、どんなに周りに嫌われようとも、それさえ成し遂げられればそれでいい。そんなヤツなのだ。周りに優しいのはいいけれど、世話を焼くのもいいけれど、それで自分を苦しめては元も子もない。


「だな」


「ああ」


 だからこそ、もうそんなことはしなくてもいいんだよと、俺たちが気づかせてあげるべきなのかもしれない。アイツはきっとどんどんと周りが見えなくなって、自分の状況を把握できなくなっているだろうから。ただ、その役割は残念ながら今の俺にはできない。それこそ周りのサポートが必要となってしまったようだ。


「さて、帰ろうぜ! ここで嘆いててもしょうがない。明日は明日の風が吹くって言うしな」


 そんなことを考えていると、修二がいつもの感じでそう言ってくる。


「おう、そうだな」


 俺はそう頷き、席を立って男2人でむさ苦しく帰ることにした。もう後少しなんだ。もうちょっと手を伸ばせば、彼女を掴めるところまで来ているはずなんだ。でもその『もうちょっと』が足りてない。ただし、今の俺から動くということはできない。アイツはきっと俺の言葉など聞き入れてはくれないだろう。だから今は相手の出方を待とうと思う。いよいよ俺の気持ちに気付かされてしまった彼女は、はたしてどういう動きを見せてくるのだろうか。それがさらに事態をややこしくさせるようなことでなければいいのだが――

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