66話『止まらぬ想い』
ホームルームも終わり、俺もさっさと帰ってテスト勉強でもしようかと思った頃。ふと教室の入り口のところを見ると、見慣れた人がそこには立っていた。彼女は俺と目が合うと、スタスタと教室内に入ってきて俺の方へと向かってくる。そして――
「テスト勉強するから、付き合いなさいよ」
そんな偉そうな
「あ? そこは『テスト勉強一緒にしたいんだけど、付き合ってくれませんか?』だろ?」
そんな人にものを頼む態度になっていない
「いいの、そんなに強気で? 『あのこと』
そんな俺の態度にも余裕
「よしっ、渚! テスト勉強に付き合ってやろうじゃないか!」
それに俺はすかさず席を立ち上がり、渚の肩を軽く叩いてその誘いに乗ることにした。いくらなんでも明日美を出されてしまったら、もう手も足も出ない。姉に今朝の事実が知れたら、間違いなく俺は死んでしまう。今、その状況を想像しただけで恐怖で体が震えるほどなのだから、明日美の雷は落とすべきじゃない。それに渚とのテスト勉強が別に嫌というわけでもない。ああは言っても、最初から付き合うつもりだったし、余計なことが起きて面倒なことになる前に、話を切り上げた方がいいだろう。おそらくだけれど、たぶん渚は今1人だ。
「――なあ、渚。マジで頼むから明日美には言わないでくれよ?」
そんなこんなで2人で肩を並べて図書室へ向かっている時のこと。俺は念には念を入れて、さっきのことを渚に確認する。一応、渚との和解は済んでいるはずだが、あの事は他の人バレるとエラいことになってしまう。特に、その内容の伝え方によっては完全に俺が悪い扱いになってしまうのだから。もちろん渚を信じていないわけではないが、でもこれは石橋を叩きすぎるぐらいでちょうどいいのだ。それだけ口外されてはいけないものなのだから。
「あんな恥ずかしいこと他人に言えるわけないでしょ、バカ。これは私と、
そんな俺の頼みに渚は可愛らしく頬を赤く染め、俺を罵倒しながらも、なんやかんやで秘密にしておいてくれるようだ。渚の言ったことももっともらしいけど、でもその中にもどこか俺を守ってくれる『優しさ』みたいなものが垣間見えた気がした。気がしただけかもしれないけれど。
「ああ、ありがと」
そんな渚に感謝をしつつ、この何とも言えない空気を払拭するためテストの話をして誤魔化すことにした。そんな話をしていると、案外早く着いてしまうもので、数分もしないうちに図書室へと辿り着いた。
のだが、
「ありゃ……人でいっぱいだ……」
さすがにテスト前ということもあってか、人でごった返していた。どうやらざっと見ただけでも、空いているような席はないようでどこもかしこも机に勉強道具を広げて真剣にテスト勉強をしていた。やはりどこも考えることは皆一緒か。学園で静かで勉強ができる場所なんてここぐらいしかないわけだし、そりゃ集まるわけだ。
「――どうする?」
となってしまうと、俺たちはここではテスト勉強ができない。場所を変える必要があるわけだが、それを俺は今回誘ってきた渚に委ねてみることにした。
「あっ、なら煉の部屋行きましょう。アレも没収しないとだし」
まるでテスト勉強はついでかのように、朝のアレのことを思い出してそんな提案をしてくる。
「ああ、まあ、家なら静かだし、いいか」
表情ではそんなふうにポーカーフェイスを装っているけれど、内心では歓喜と焦りが入り混じっていた。だって俺の部屋に女の子、しかもそれが好きな人であんな狭い空間に2人きり……そんなシチュに心が
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俺の部屋。今、俺は渚と2人きりだけで勉強をしている。渚とともに、お互いにわからないところを教えたり、教わったりしながらそれぞれがそれぞのテスト対策の勉強をしていた。ただ状況が状況なだけに、俺の方はあまり集中することができずテスト勉強は決して
すぐ隣に渚がいて、普通に勉強していても視界に入ってきて意識してしまう。好きな人と2人という状況に、こんなにも緊張してしまうものなのだと実感させられる俺がいた。
「――やっぱりこういう時だけは煉って役に立つわよねぇー」
そんな最中、渚が冗談っぽく嫌味ったらしいことをつぶやく。
「こういうとき『だけ』ってのは余計なお世話だ」
「ふふっ、でもホント頼りになる」
「ありがと。お役に立てたなら光栄だよ」
そんないつものやり取りをしながらも、俺たちはテスト勉強を進めていく。俺はとにかく今目の前にある『勉強』にとにかく集中力を注ぐことにした。そうすれば、周りのものが気にならなくなり渚を意識することもなくなる。それで勉強も捗るはず。どうせ渚だってモチベーション維持のためのこの勉強会なのだろうし、そもそも渚もデキる人だからそう俺に訊くこともないだろう。俺はそう高をくくり、完全に1人の世界に没入することにした。すると、意外にもそれはかなりの効果を発揮し、さっきまで捗らなかったテスト勉強もサクサクと進んでいった。
「――ふわぁぁぁー……」
それからどれぐらいの時間が経っただろうか、あまりにも集中してエネルギーを消費したからか、はたまたこの単純作業が睡魔を運んできたのか、そんな大きなあくびが出てしまう。徐々に意識もボーッとしてきて、眠たさが俺を襲ってきていた。頭が船を漕ぎ、まぶたも落ちてきている。
「ちょっと煉、大丈夫? 眠いの?」
そんな俺の様子に気づいたのか、ちょっと不安そうにそう訊いてくる渚。だが俺の耳にはそれすらもぼんやりと遠くの方で聞こえるかのように、小さく聞こえていた。
「あぁ……そうみたいだ……ちょっと仮眠とるわぁ」
このままテスト勉強を続けていても何の成果も残さないだろう。それこそ時間のムダで終わってしまう。なのでここは仮眠を取って休息を得ることにした。俺は完全に『就寝状態』に突入し始めている体を動かして、立ち上がる。
「えっ、ちょっ、煉!?」
そしてそのまま引っ張られるように床の方へと落ちていき、そこにあった柔らかい枕で眠ることにした。遠くの方でなにか声がしたような気がするが、気にしない気にしない。もう俺の体は完全に眠りへと入っていっている。もう時既に遅しなのだ。そんなの起きてから考えればいい。俺はそんな楽観的考えのもと、意識を深い闇の底へと落としていくのであった。
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それからどれぐらいの時間が経ったのだろうか、十分な休息を取ったことで疲れが癒えたのか、意識が徐々に徐々に覚醒していき、光が見えてくる。そして完全に目が覚めて、まぶたを開くとそこには――
「ようやくお目覚め?」
渚がいた。俺の目の前に。だがどうにもこうにもその位置関係がおかしい。俺が下から渚を見上げ、反対に渚は俺を見下ろす形になっている。しかもこの頭にある感覚、絶対に枕じゃない。たしかに柔らかい感触はあるけど、枕ほど柔らかいわけじゃない。これは明らかになにかちょっと固いものの上に頭を置いている。ということは……まさか、
「あれ、あれっ!?」
そして状況確認のため左を見た瞬間に、今どういう状態になっているのかがわかった。そこには渚の体があったのだ。つまり……これはまさかまさかの渚に『膝枕』されている状態ということではないか。おそらく殆ど意識がない状態で、頭を乗っけた先がどうやら渚の膝の上だったというわけか。
「えっ、まさか無意識だったの……」
「あっ、そのー……ゴメン」
無意識だったとはいえ、そんなことをしてしまったのが何か申し訳なくてそんな風にバツが悪い感じで謝る。それにしても無意識で渚の膝の上に頭を乗っける俺は、どれだけ飢えているのだろうか。そんなピンポイントのところに頭を乗せるのは、やっぱり本能的にそうしたいと思って体が動いてしまったからだろうか。でも、それはそれだけもう渚への愛が止まらず、暴走してしまうほどに高まっていることだと思う。
「いいわよ、別に……」
恥ずかしそうにツンケンしつつも、俺のことを許してくれる渚。そんな可愛らしい姿を下から見上げ、また渚が愛おしく思えた。やっぱり渚は可愛い。それはどんなに言葉を並べても言い表せないぐらい、とてつもないものだ。もう渚が好きで好きでたまらない。このドキドキが爆発しそうな勢いにまできていた。
「……ねえ、じゃあさ……もうちょっと、こうしてても……いい?」
だからそんなお願いを渚にしてしまう。俺たちは言ってみればただの幼馴染、同じ学園に通う同級生なのに、まるで恋人みたいなことをしている。もっとも、それは俺のせいなんだろうけど、でももう少しだけこの幸せな時間を味わっていたい。俺はそう思った。だってこうしていることが物理的ではなく、精神的にとても心地よすぎて……もっと欲しくなってしまうのだから、仕方ないよな。
「ちょっ、ちょっと……だけよ? 私も足痛いんだから」
相変わらずツンケンっぽい雰囲気で、そんな理由をつけつつ結局は俺のそんなお願いを聞いてくれる渚。
「うん、ありがと」
そんな渚に嬉しさが込み上げてきてしまい、表情にもでて満面の笑みで感謝する。小さなハプニングがこんなことになってしまうなんて、ホントラッキーだ。俺は心の底からの感謝を渚にしながらも、その渚の膝枕を味わっていく。
「へっ、えっ!? な、渚!?」
そんな中、渚が俺の頭を撫で始めてきた。そんな突然の事態に俺はただただ驚くしかなかった。たしかにこういう膝枕しているところに、頭を撫でて寝かしつけるみたいなのはイメージできるけど、まさかそれを渚がしてくるなんて思いもしなかった。対する渚もあきらかに自分が恥ずかしいことをしているという自覚を持った、顔真っ赤な状態になっているけれど、その手の動きは止めず続けたまま。渚が今、何を思って俺の頭を撫でているのかはわからないけど、今はそんな理由を考えようとは思わなかった。そんなことにムダに時間を使うぐらいなら、この頭を撫でられている感覚を楽しんで味わった方が遥かに有意義だろう。だから俺は渚にされるがままに、そしてそれによって癒やしを得ていたのであった。
「――うしっ、十分に癒やされたし、体調も万全! ありがとな」
それからしばらくの時間が過ぎ、俺も満足したので起き上がりそう渚に感謝の言葉を伝える。
「じゃあ、勉強再開しましょっ」
「……なあ、渚」
だけれど欲望というのは沼のようにどこまでも深いもので、そんなに簡単に満足して終わるわけがなかった。1つが終われば、また次の欲望がどんどんと湧いてきて勉強なんてどうでもよくなるほどに、それを求めてしまう。
「ん?」
「えっ、ちょっ、れ、煉……?」
もう俺の体は俺自身でも言うことが聞かず、欲望のままに勝手に動いていた。後先のことなんて一切考えずに、俺は渚を後ろから抱きしめていた。
「うっわぁー……はっず……」
でもすぐに恥ずかしさが込み上げてきて、こそばゆい感じになっていた。こういうことをしている自分を客観的に見て、そして渚に対してこんな事をしていること。その両方が俺を恥ずかしくさせていた。顔も熱く、胸の鼓動もこの距離では聞こえてしまいそうだった。
「自分からしておいて自滅してんじゃないわよ……ばか」
そんな俺の行動に、そうツッコミを入れる渚。まさに彼女の言う通り。自分でやっておいて自滅しているわけだ。でも不思議と彼女はそれを止めようとはせず、ただそれを受け入れていた。そんなことも相まってか、言ってしまえばもう頭がおかしくなりそうなくらいに渚を求めてしまう俺がいた。もう好きが止まらない。このまま時間が止まってほしいとさえ思った。悠久の時間の中でずっとこうしていたい。誰にも邪魔されることなく、俺と渚の2人きりで――
今日の勉強会でわかったことが1つあった。俺の渚に対する想いがもうどうにも抑えきれなくなって、表に出てしまっているということだ。でもそれはしょうがない。俺はもう渚が好きで好きでたまらないのだから。だけれど現実問題、俺と渚はただの幼馴染。こういうことをする間柄ではまだないのだ。だからこそ、このまま中途半端な状態にしたままにするのはよくないと思った。恋人でもないのに、恋人みたいなことをしている。そんな事をするなら、関係をハッキリさせろって話だろう。俺もそれは思う。だからこそ、俺は澪がこの間言っていた『あの言葉』を信じてみたいと思う。状況証拠も揃っているんだ。たぶん、きっとそうだろう。そしてもう1つ、俺がやらなければならないことがある。それは渚との関係をハッキリさせるよりも前に決着をつけなければならないこと。それは澪との関係だ。ものすごく変な恋模様ではあるけれど、一応俺がその想いを知っているからには話をつけておかなければならない。これには渚も関わっていることなのだから。なのでテストが終わったら、また澪を誘ってみようと思う。テスト休みで3連休だし、ちょうどいいだろう。そんな覚悟を、大好きな人の前で決めた俺は再びテスト勉強へと戻っていくのであった。
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