51話「楽しいお昼休み」

 お腹のすく午前の授業を終えて、待ちに待ったお昼休みがやってきた。既に昨日の内になぎさたちには弁当を作ることも、待ち合わせ場所も指定しておいたので、俺は渚たちのクラスによらずに目的地へと向かおうとしていた。していたのだが……


「あれ? れん、お昼どっかで食べんの?」


 修二しゅうじに捕まってしまった。これはまた面倒なことになりそうだなと思いつつも無視するわけにもいかないので、


「あーまあね」


 そんな感じで適当に答える。


「ん? 今日はやけに弁当多いなぁーそんな食うの?」


 このまま終わればいいのに、ここで終わらないのが修二だ。俺の持つ弁当に目を凝らして、疑いの目を向けてくる。でも本気で言っているのか、はたまた冗談なのかそんなわけのわからないことを言ってくる。


「んなわけねーだろ。今日は先約があるんだ、悪いな」


 これ以上修二に言及されて、諫山いさやま姉妹のことがバレると余計に面倒なことになりそうなので、さっさと話を切り上げようとしてみる。


「なあ、煉――」


 だけれど修二はまだ俺に、そんなどこか期待の眼差しを向けて迫ってくる。それだけで、俺は修二のその言葉の意図を汲み取れてしまう。もはやコイツの思考は完全に読めていると言っても過言ではないだろう。普通にわかりやすいヤツで単純だし、それにコイツとはもう結構長いから。


「断る」


 俺は修二が言い終わる前に、遮ってその頼みを拒否する。その表情だけでは、修二がどれぐらい状況を知っているのかはわからないけれど、大方、下心でそんなお願いをしてきたのだろう。もちろん、そんなのお断りだ。修二の欲望のために、俺を利用してほしくない。


「なっ、まだ何も言ってねーだろッ!?」


 心の中を見透かされて、とても驚愕した表情をしている修二。目が泳いで、確実に修二は焦っているようだった。


「どうせ俺も『一緒に連れてって』とかだろ? 悪いな、ムリだ」 


「ちぇー……」


 そんな突き放す俺に、悔しそうにしながらも、修二はついてくるようなことはしなかった。なので俺はそのまま修二を無視し、教室から出て、今度こそ目的地へと向かっていく。最近の修二はクリパの時ほどしつこくはなくなったけど、それでもまだ女に飢えているようだ。その姿はまるでえさに喜び、しっぽを振る犬みたいだ。舌を出して、ものすごく嬉しそうな目で飼い主を見つめて、餌を待っているみたいな。そんな修二にちょっと失礼なことを考えつつ、階段を降りて渚たちの待つ場所へ歩いていく。


「――おまたせー」


 その目的地である中庭に着くと、やはりそこには既に渚たちが来て俺を待っていた。あらかじめ連絡していたということもあってか、渚がシートを用意してくれたみたいだ。中庭のちょうどはらっぱのところにそれを敷いて、座っている。俺はそんな渚たちに軽く手を挙げて近づいていく。


「おっ、きたきた」


「おしっ、食べよっか」


 俺は持ってきた弁当を広げて、昼食の準備を始める。そしてお決まりの言葉を言って、いよいよ昼食を食べ始める。だけれど俺は渚たちの反応が気になっていたので、食べずに渚たちが俺の料理を口に運んでいく光景をジーッと見つめていた。


「どう、うまいっしょ?」


 そして食べたところで、俺はそんなさも当たり前のようにそんなことを訊く。


「うん、おいしいけど……なんかやけに自信満々ね?」


「ああ、なんてったって明日美あすみが太鼓判押してくれた味だからねー」


 ちょっと得意気になってそんなことを自慢する。俺が料理を教わったのは明日美、だからその先生から認めてもらった味だから、俺はとても自信に満ちあふれていた。


「なるほどね。それなら納得」


みおはどう? おいし?」


「うん、おいしいよ! 待ってたかいがあったなぁーって」


 とても満足そうな面持ちで渚と同じようにおいしそうにしながら、そんなちょっと嬉しいことを言ってくる。


「そんな期待してたのか、澪」


 たしかに思い出してみれば、あの時の澪もどこか期待するような感じで俺のハードルを上げていたっけか。俺の料理が久しぶりということもあるし、その約束を楽しみに待っていたのかもしれない。


「大晦日の料理があったから、より一層そう思ったかな」


「あぁーなるほどねぇー」


 あの時の豪勢な料理がさらにハードルを上げたみたいだ。でもそのハードルをも超えるものが作れたと。そう思うと、俺はちょっと勝ったような、優越感が湧き出してくる。


「でも、ホント煉っていきあたりばったりよねぇー」


「しょうがないだろー? 昨日ふと思い出したんだから、善は急げってね!」


「物は言いようね。しかも連絡入れたのが昨日の夜って……」


「まあまあ、終わりよければ全てよしってね」


「あんたが言うな」


 そんな夫婦めおと漫才みたいな会話をしながら、俺も俺でその弁当を食べることにした。我ながらかなりの出来で、自分自身でも作ったものがおいしいと思えるほどだった。やはりこれはいつもとは違って、『誰かのため』に作っている思いの込めた料理だからなのかもしれない。そんな風な、ちょっとクサイことを思いつつ俺は渚たちと楽しい昼食の時を過ごしていた。


「――おいしかった。ありがと」


 それからみんな食べ終えたところで渚がそう感謝の言葉を述べてくる。


「どういたしまして」


「なんか……毎日食べたいなぁーなんてっ」


 そして次に渚が何を言うかと思えば、そんなとんでもないことを言ってくる。

しかもちょっと恥じらいのある、ガチっぽい感じで。これが俺と渚の関係だからいいけど、他の男なら普通にプロポーズだ、これ。だけれど、俺にはその渚の真意がわかっていた。


「無茶言うな。俺が死んでしまう」


 だから俺はそれを拒否する。毎日俺が朝早く起きて、さらに料理まで作るなんて、絶対に不可能だ。たぶん3日ともたないと思う。それをわかってて、渚は俺を茶化すためにわざと言ったのだ。


「ふふっ、そうね。でも今日は起きれたんでしょ、偉いね」


 よっぽど俺をからかいたいのか、今度はまるでお母さんのようになって俺の頭を撫でて褒めてくる渚。


「そんな子供みたいな扱いすんなよー渚。まあ、頑張ればなんとか起きれるからな」


「たぶん明日美先輩なら、『毎日頑張ってくれると嬉しんだけどなぁー』って言うんでしょうねぇー」


「丁重にお断りさせて頂きます!」


 俺はそれをキッパリと断った。今日だって眠たかったのに、それが毎日なんてまずムリ。もちろんそれをやってくれている明日美には頭も上がらないくらいに感謝しているけど、その負担を少しでも軽減するために協力しようとは思わない。そこはやっぱり役割分担をしていくべきだと思う。俺は男で力もあるから、そういう力仕事とか専門の方向で。そんな自分の中で自分に言い訳をしつつ、諫山姉妹と他愛も話でもしていた。なんやかんや言って約束も果たせたし、諫山姉妹にも満足してもらったし、とても有意義な時間となった。またいつか機会があれば、『朝から作らない』が条件だが作ってみようかなと思う昼下がりなのであった。

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