48話「みんなと過ごす大晦日」

 それから年末の大掃除を終え、俺たちは年越しの準備を始めていた。そんな折にまず修二しゅうじが来た。そしてなぎさが言ったように、夕方ぐらいになって諫山いさやま姉妹がやって来て、いよいよ全員集合となった。ちなみに修二の方は『誰か誘っておけ』とほざいときながら、誰一人として誘えなかったらしい。もちろん年末の忙しい時期ということもあるけれど、それ以前の修二の周りからの評価の問題だろう。というようなわけで、この5人で年越しとなる。俺と明日美あすみの作った大晦日らし豪勢な料理なんか食べたりして、今年最後の時間を過ごしていた。


「――さて、盛り上がってきたし、ここいらでゲームしようぜッ!」


 そしてそれから後はもう年越しを待つばかりの時、修二がおそらく最初からたくらんでいたであろう事をおっ始める。


「何すんだ?」


「『王様ゲーム』って知ってるか?」


「結構昔に流行ってたっていうゲームだろ?」


 テレビでやっていたのを見て俺は知っていたのだが、他の人たちはどうやら知らないようだ。なので俺がみんなにルールを説明する。ゲームは至って単純。数字と王様と書かれたクジを引き、王様を引いた人が数字の人に命令をして、その指定された人がその命令を実行するというもの。間違いなく修二はこれで自分の欲望を満たしたいだけだろう。最初から思惑が見え見えだ。


「――んじゃ、早速やってこーぜ!」


 その説明に意外とノリ気なみんなと共にゲームが開始される。本来は割り箸をクジにするのだが、今回は紙をクジにするみたいだ。それをテーブルの上でごちゃ混ぜにして、修二がそれを順番に配っていく。企画を提案した本人が配るというのは何かイカサマがありそうで怪しいが、ここは信じてやることにした。そして配られた紙を確認してみると、なんと俺が『王様』であった。これで修二のイカサマ説は打ち消されたわけだ。それにしても最初から王様とはこれは幸先が良さそうだ。


「うしっ、みんな確認したな? じゃあ、せーの」


「王様だーれだ?」


「俺!」


 その合図の後に、俺は勢いよく手を挙げて王様とアピールする。


「なんだよ、お前かよぉー」


 いつもの幸運体質が気に食わないのか、露骨にテンションを下げてそう言ってくる修二。


「いいだろ、別にーそうだなー……あっ、3番の人がめっちゃ可愛いアイドルポーズで!」


 初っ端なので場の空気も温めるためにも、これぐらいでちょうどいいくらいだろう。そんなにキッツいものでも冷めるだけだし。これが仮に修二だったらキモくて逆に笑えるし、女子たちならそれこそ『可愛い』から面白いだろう。


「はあッ!? ちょっとッ、れん!」


 そんな命令を下した瞬間、『○番だれーだ』の合図の前に勝手に自己申告してくる渚であった。間違いなくこの反応から3番は渚なのだろう。あきらかに嫌そうな顔をして、俺にいつもの感じで迫ってくる。


「王様の命令は絶対だぞ?」


 そんな抵抗している渚に対して、このゲームの最大のルールで対抗する。どんなことがあっても王様の命令はきかなければならない。もちろん度を超えた命令なんかはその限りではないけれど、これぐらいならその範囲に収まっているだろう。


「くぅー……覚えてなさいよぉー……」


 悔しそうにしながらもそのルールには逆らえないようで、渋々と立ってみんなに見えるように距離を取る。


「きゅ、キュピッ!」


 そして顔を真っ赤にしながら、今話題のアイドルの決めポーズをしていく。右手の人差し指、小指、親指を立てて手のひらをこちらに向けて、右の目元にそれを置く。そしてその右目をウィンクさせ、ポーズを決める。しかも効果音なのか、変な擬音まで加えていく渚。


「うん、満足満足」


 そんな渚の恥じらいもあってか、それはものすごく可愛いかった。しかもそこから恥ずかしさで顔を隠す仕草がまたなんとも心をくすぐっていく。隣の修二もどこかそれに興奮しているみたいだ。正直、それは傍から見たら気持ち悪いが、俺もだいたいそんな感じだろう。


「ホント、覚えてなさいよ……」


 その命令を無事完遂した渚は2回戦の始まる直前で俺にそんなことを言ってくる。これで彼女の復讐心に火が着いたようだ。これは後が怖いやつだ。


「はいはい、自分が王様になってなおかつ俺の番号を言い当てられたらね」


 ただしこのゲームはイカサマでも使わない限り、自分の思い通りになることはまずない。全てに『運要素』が絡むからだ。仮に渚が王様になったとしても、俺を引き当てられる確率は単純に4分の1である。はたしてそれを渚は引き当てられるのだろうか。そんな感じで俺は渚を煽っていく。


「当ててみせるから」


 どこか自信満々にそう宣言をする渚。おー怖い怖い。そんなことを思いながら、2回戦が始まっていく。紙が配られ、その中身を確認する。俺は残念ながら2回連続で王様とはならなかった。ここで怖いのは渚が王様になってしまうこと。だからすぐに渚の反応を窺うが、たぶん王様ではないようだ。露骨に悔しそうな顔をしている。


「王様だーれだ?」


 そのお決まりの合図で手を挙げたのはなんと『みお』であった。澪なら優しい性格だし、それほどキツイ命令はしてはこないだろう。渚が露骨に『煉に厳しめのヤツを!』と平民が王様に命令まがいなことしているけど、どうせ澪の基準なら厳しめでも、それほどのものではないだろう。そんな安心感が俺にはあった。基本的に優しく、人を傷つけるようなことをしない子だから。なので俺は余裕な感じでその命令を待っていた。


「えーと……あっ、じゃあ4番の人が腕立て10回!」


 その俺の予想通り、さほど厳しくはない命令が下される。残念ながら俺は3番。なのでこの命令はまぬがれることとなった。となると、後は明日美か修二か、渚となる。その罰ゲームまがいな命令に当たった人を探していると――


「また私ぃー!?」


 と渚がとてもわかりやすく反応を示してくれる。渚の方は残念ながら2回連続で命令される側に当たってしまったようだ。


「今日は厄日だな、渚」


「くぅー……」


 そんな俺のあおりにこれでもかと言うぐらいに悔しそうな顔をしている渚。これだけヘイトを溜めていると、後が怖いことになりそうだけれど、渚をイジらずにはいられなかった。俺の心の悪魔が遊びたくてしょうがないみたいだ。


「ほら、10回」


 俺の言葉と共に、渚はその場で腕立てを10回始める。運動は苦手な渚でも、流石に腕立てはできるようだ。これはいくらなんでもバカにしすぎか。口に出すと、確実に怒られそうだから心の内にとどめておこう。それからもゲームは続いてく。今度は修二に命令が飛んで、思いっきりスベって場を凍りつかせたり、澪に当たって可愛い微笑ましい空間になったりと、とても盛り上がりを見せていた。ただあの1人は納得がいっていないようで、王様になろうと躍起やっきになっていた。だが神様が空気を読んでいるのか、全然王様になることはできず、むしろ命令を受ける側になることの方が多かった。渚は今日はどうやらツイていないようだ。


「――なあ、もうそろそろ年明けが近いから、これラストにしね?」


 そんな感じでゲームが続いていき、気がつけばもう年明けが近づいていた。俺はゲームを始める前に、そうみんなに告げる。それに全員が賛成し、いよいよラストゲームとなる。


「最後は絶対に勝つ!」


 もはや鬼みたいになって王様を目指して意気込んでいる渚がそこにはあった。よっぽど俺に復讐がしたいと見える。もっともこれで王様になれればの話だが。それから紙が配られていき、全員に行き渡ったところでその中身をそれぞれが確認していく。最後の最後で俺は王様となることはなかった。残念ながら『1番』であった。後は渚が王様にならないことを祈るばかりだ。


「さて、みんな確認したな。せーのっ」


「王様だーれだ?」


「はぁーい! わたしぃー!」


 明らかに呂律ろれつが回っていない明日美がなんと王様になった。まあでも明日美だ。彼女の性格から考えれば、大丈夫だろう。俺はそんな風に高をくくっていた。


「じゃあぁ、いちばぁんさんとぉーにばぁんさぁんわぁーキスしちゃおぉうぅー!!」


 だがその考えは甘かったのだ。この子は今、『甘酒で酔っている』これを完全に失念していた。だから数秒前までの安心していた俺を酷く後悔した。しかも俺がその対象者だから、余計にだ。こうなればもう最低限、その相手が修二ではないことを祈るだけだ。男同士のキスなんて、俺はそんな耐性ないしぶっちゃけ気持ち悪い。そう願いつつ、俺は自分が1番であることを申告する。


「じゃあぁーにばぁんさんわぁー?」


「わ、わたし……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。急に乙女になって気まずそうにしながら手を挙げるのは、なんと『渚』であった。さっきのアイドルポーズ並に頬を赤らめて、『ホントにするの』と言ったような表情を見せている。


「なぁ、これは無理だろ。何とかならないか?」


 そんな困惑している渚を見て、俺は王様である明日美に抗議をする。正直、明日美はもうまともな思考ができないほど酔っているから、半ば諦め気味だが何かしらの妥協案は作りたい。


「らぁーめっ! おうさまのめーれいはぜっらい!!」


 だけれど明日美王女は全くもって聞く耳を持たないようだ。周りも周りで、あきらかにキスを期待したような眼差しで、俺たちを見つめている。


「はぁー……しゃーない。渚!」


 このまま抵抗し続けても埒が明かないとわかった俺はほとほと諦めて覚悟を決める。渚の肩を掴み、彼女の名前を呼ぶ。もうやるならさっさと終わらせてしまおう。時間をかければかけるだけ、恥ずかしくなって余計に躊躇ためらってしまうから。


「へ、へっ!?」


 まさかホントにするとは思ってはいなかったようで、渚はとても驚いた表情をしながら俺を見つめていた。そんな彼女を無視して俺は彼女の後頭部に左手を置く。そしてゆっくりとゆっくりと俺の唇を彼女のそれへと近づけていく。それに呼応するように、渚も目をつぶりそれを待つ。そしてそのまま渚の唇の左側へとつけようとした、その時だった――


「おい、なぎっ――」


 たぶん、ここにいる明日美以外の人間は全員驚愕きょうがくしたことだろう。途端に渚から迫ってきて、そのまま唇と唇が触れ合ってしまったのだ。俺はあくまでも目の錯覚でキスしてる風を装うつもりだった。渚も渚でよっぽど動揺していたのかもしれないが、まさかこんなゲームで正真正銘のキスをしてしまうとは。そんな突然の事態に、俺は完全に思考が停止し、固まっていた。あっちもあっちで動かないので、当然キスしたままの状態となる。みんなも驚いているからなのかこの空間には一切の音もなく、動かないのでそれがまるで時が止まっているように感じられていた。でもそんなことを思っている内にも時間は一歩一歩進んでいき、俺たちはキスした時間記録を伸ばし続けている。そしてようやく渚が俺から唇を離し、明日美王女の命令は達成となった。


「な、渚……?」


 ただ達成したはいいものの、その後が問題だった。俺たちはまるでマネキンのように固まったまま、お互いを見つめ合っていた。俺はおそらく突然のことに驚愕の表情を見せているだろうが、あっちはあきらかに『しちゃった』と言わんばかりの恥じらいのある可愛い表情だった。耳まで赤く染めて、そして自分のしてしまったことに恥ずかしくなってきたのか、うつむいて俺から目をそむけてしまった。


「ん? んん!?」


 これはしばらく渚と気まずくなりそうだ、と思いつつ俺も俺で恥ずかしいので渚から目を逸らすように、何気なく明日美たちの方を見てみる。すると、そこには目を疑いたくなるような光景があった。


「王様が眠ちゃったらどうしょうもないだろッ!?」


 なんとまあ明日美は限界だったのか、眠ってしまっていた。俺たちのキスを見ていたのかは定かではないが、こうなると完全にキスのし損である。しかもこちとらちゃんとしたキスをした……というかされたのにも関わらずだ。


「はぁ……しゃーねーなー」


 再び姉の理不尽さを感じ、大きなため息をつきながらも、明日美をおんぶして2階の明日美の部屋へとつれていってやることにした。こんなことなら、あの酔った姿でも何かに撮っておいて後で正常に戻ったら見せて、ちょっと復讐してやりたかった。どうせ起きたらさっきまでのことなんて、これっぽっちも覚えていないんだろうから。俺は若干の悔しさを感じつつ、明日美を部屋のベッドに寝かしつけて、リビングへと戻っていった。

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