49話「気まずい初詣」

「――おう、早くこいよ。年明けるぞ」


 修二しゅうじもさっきは動揺した様子を見せていたが、普通の状態に戻ったようだ。ジュースをみんな分用意しながら、そんなことを言ってくる。俺はさっきまで座っていた位置に戻り、年明けを待つ。その際、なぎさと目が合ったが、未だに恥ずかしいようですぐに目を逸らされてしまった。これは元に戻るのはしばらくかかりそうだと感じつつ、テレビのカウントダウンを待っていた。


「3、2、1……」


 用意されたジュースを手にもって、テレビのカウントに合わせながら俺たちも一緒にカウントして、年が明ける時を待っていた。


「明けましておめでとう!」


 新年の幕開けと共に、みんなで一斉に持っていたジュースを乾杯する。その後、お互いに新年の挨拶を交わし、ジュースを飲んでいく。


「よし、んじゃ、これ飲み終わったら初詣行くか!」


 新年早々からテンション高く、修二はそんなことを言ってくる。


「おーいいな。みおたちはどうすんの?」


 いつもの流れだとだいたい確認を取るのは姉の方なのだが、今回はあきらかに今話しかけるのは得策ではないので、澪に代わりに訊いてみることにした。


「あっ、そうだれんくん。今日私たち泊めてもらえると嬉しいんだけど――」


「オッケー、修二はもちろん帰るよな?」


 持ってきていた荷物からもそれは予想できていた。ウチには客間が1部屋あるし、2人が泊まるなら十分だろう。特に断る理由もないので、俺はそれを快く了承した。そして修二の方にも確認を取る。こちらは帰ってもらわないと色々と困る。俺はここの家の人間だからしょうがないものの、修二は1人の男だ。何かあったでは俺の責任になるわけだし、それに泊まれるような部屋がもう残念ながらない。俺の部屋はベッド1つしかないから、どちらかが床で寝ることになるから嫌だし。


「もち。流石にな」


 そこら辺のところは空気が読めるようで、修二の方もそれで納得してくれた。かくして俺たちは神社へ初詣へ行くこととなった。神社はここから北の方のいつか待ち合わせに使った公園の森の奥にある。そこまで俺たちは歩いて行くこととなる。もちろん冬の深夜帯の時間。外はとても肌寒く感じられた。手袋なんかをしてないと手先が凍ってしまうんじゃないかと思ったほどだった。だけれどみんなで雑談しながら歩いていったおかげか、そう時間はかからないで来れたように感じた。そして俺たちはそのまま神社の中へと入っていく。神社には尋常じゃないほどの人が集まっていた。これほどの人間を見るのはこの島ではとても珍しいことなので、俺は軽く圧倒されていた。人が多すぎることもあってか、賽銭箱の前へ行くのにも一苦労だった。みんなとはぐれないように気をつけつつ、列の流れに乗って賽銭箱へと向かっていく。そしてしばらく経って、ようやく賽銭箱前に到着。賽銭を入れて、鐘を鳴らし、みんな手を合わせる。


「――みんな、なに願った?」


 そしてみんな終わったぐらいのタイミングで、まるでガキみたいにニヤニヤしながらそんなことを訊いてくる修二。


「秘密、いったら叶わなくなるし」


「私も、一緒かな」


 対してそう安々と口は開かないようで、諫山いさやま姉妹のガードはとても固かった。


「俺は家族の安全祈願を……そういう修二はどうなんだよ?」


「へへーん、ヒミツ」


 うざったい顔でそんなイラつかせるようなことを言ってくる。『じゃあ、なんで訊いたんだ』と言ったくなるほど、全くもって生産性のない会話となった。そんな修二に呆れつつ、それからみんなでおみくじをすることになった。


「――おっ、大吉だ」


 適当に引いたけれど、意外と結果はよく大吉であった。これは新年早々からツイているなと、ちょっと喜んでいた。


「ケッ、お前はここでも運がいいのかのよ……」


 嫌味ったらしく俺の幸運に嫉妬している修二。それもそのはず、彼の結果はなんと『大凶』であった。ある意味、運がいいとは思うけど、本人からすれば新年一発目からテンション落ちまくりであろう。


「こんなのたまたまだろ? それよりお前は厄落とししてきたほうがいいんじゃないか?」


「だな、行ってくるわ」


 そう言うと、修二は人混みの中へ消えていった。じゃあ残された俺たちはこれから何をしようかと悩んで、ふと渚たちの方を見ると――


「あれ、澪は?」


 澪の姿がどこにもなかった。アイツは1人でどこかへふらっと行ってしまうようなマイペースな人じゃないし、何も言わずにどこかへ行くこともないはず。だから澪の行方が少し不安になっていた。


「え、えっ!? あっ、ホントだ……いない……」


 どうやら渚も澪に気付いていなかったようで、その事実に驚いた様子でいた。ただ未だにさっきのアレが抜けていないのか、俺と目を合わせようとしなかった。しかも顔も若干赤い。


「どうする? 探すか?」


 ただ連絡しようと思えばすぐに出来るし、位置も把握するのは簡単だ。でもそこまで過保護になる必要があるのかどうか、ちょっと気がかりだった。たまたまちょっとトイレに行ったなんてこともあるだろうし、案外そこまで心配することもないかもしれない。なのでここは身内でもある姉の渚に意見を訊くことにした。


「でも、ホントにはぐれたなら連絡ぐらい入れると思うし……大丈夫じゃない?」


 渚も俺と同じような考えだったみたいで、そこまで心配はしていないみたいだ。


「まあ、それもそうか。んで、これからどうする?」


 お参りも済ませたし、今は深夜。このまま帰って寝るというのもアリだ。今は2人と人数も少なくなったし、俺としてはどれでもいいので渚の意思にゆだねることにした。


「えっ……えと……あっ、あのさ!」


 相変わらず渚はいつもの彼女らしくなく、いわば『澪化』していた。そして何かしたいことでもあるのか、そう言って話を切り出す。


「ん、どした?」


「その……さっきは……ごめん……ね」


 だけれどそれは俺の予想とは違い、さっきのゲームのことへの謝罪だった。渚は気まずそうにしつつも、どこか申し訳なさそうにそうやって謝ってくる。


「や、いいよ。その……俺もしようとしてたわけだし……」


「し、しようとしてた!?」


 その俺の発言に周りに聞こえるぐらいの音量で驚いて叫ぶ渚。そんなことをしたもんだから当然、周りからは注目の的となった。『何だ』とか『どうした』みたいな顔されて注目を集めてしまい、俺は恥ずかしいことこの上なかった。


「ああ、いや違う! 言葉足らずだった! 俺は……周りに気づかれないぐらいの唇の横にキスしようとしたんだ。そうすれば解決できると思ったから!」


 俺はすぐさま補足を加えてちゃんと、その渚の誤解を解くように訂正する。話している内容が内容なので、途中の話の根幹となる部分から渚の耳元で小声にして説明していく。


「あ、ああ! そっか! そうだよね! ごめん私……早とちりしてた。でも、ありがとね……」


 それでさっきの慌てっぷりから冷静さを取り戻したようだが、どうやらまだ気まずさや恥ずかしさは抜けていないようだ。相変わらず俺と目を合わせないまま、そう言って感謝する渚。


「いやいいって。全部はそんな命令したうちの姉が悪いんだから」


 そもそもの根本的な原因は明日美が酔って暴走したことだ。だから俺は密かに、もう二度と『甘酒を飲ませない』という決意を抱いていた。あの姉にお酒っぽいものは全てNGということが今回でわかった。だから今回みたいな被害をもう二度と出さないためにも、弟である俺が十二分に警戒しておかねば。


「まあ、酔ってたしね……」


「んで、これからどうする?」


 一通りさっきの事件の和解が済んだところで、改めて俺は渚に決定権を委ねた。


「見て回る?」


「まあ、そうだな。澪探しがてら回ってみるか」


 もしかすると見て回っている内にバッタリと澪に会うこともあるかもしれない。ここで澪を待っていたり、探していたりして結局会えないまま終わることを考えれば、そっちの方が時間を有効活用できていると言えよう。


「うん……ねえ、煉……」


 ちょっとはいつもの感じに戻ったかと思えば、また再度ぶり返して恥ずかしそうな感じに戻って俺を名前を呼ぶ。


「ん?」


「手……繋がない?」


 頬を赤く染めて、恥ずかしそうにそんなことを言ってくる渚。


「へ?」


 そんな突拍子もない言葉に、俺は戸惑って思わずマヌケな声をだして聞き返してしまっていた。


「あっ、いやだったら……いいのよ!? その……はぐれたら……やだから……」


「まあ、俺と渚がはぐたらどうしようもないもんな。いいよ、ほら」


 この人混みの中では間違いなくはぐれる可能性は大だろう。実際に今、澪とはぐれていることからもそれが覗える。だから俺は渚の提案を断る理由がなかった。なので俺はそう言って、手を差し伸べる。


「うん……」


 その差し伸べた手を、渚が軽く頷いて握ってくる。ついこの間も手を繋いだばかりだというのに、今回はまた違う事情があるからか、なんとなく気恥ずかしさがあった。『これもはぐれないため』と俺の頭に言い聞かせて、冷静さを保たせながら、そのまま手を繋いで俺たちは鳥居の方へと向かって歩いていく。


「――なんかこうしてると、昔を思い出すな」


 しばらく歩いて、それにも慣れてきた頃、じんわりと昔の思い出が蘇ってきていた。この手を繋いでいる光景、そしてその相手がまんま渚であること。そして状況までもが一致していて、言うならば『既視感』みたいなものからその記憶に繋がったのだ。


「え、昔?」


 渚は覚えていないというより、どちらかと言えば多すぎてどの記憶が俺の言っている記憶なのか分かっていないみたいだ。


「ほら、小さい頃、夏の縁日でさー」


 なので俺は具体的なシチュエーションを上げて、思い出を共有しようと試みた。この神社では夏にも縁日で屋台をだしている。真向かい、それも親同士が仲良いこともあって、よく渚たちと一緒にここに来ていた。それはその中の1コマだった。


「あぁー! 澪が迷子になちゃったやつ?」


 ようやく俺が思い浮かんでいるのと同じ記憶にアクセスできたようで、俺がほしかった言葉がやってくる。


「そうそう迷子になった澪を探すのに、こうして一緒に歩き回ったなーって。ほら、俺たちが離れちゃ元も子もないからって、同じ理由でこうして手を繋いでさ」


 澪は何かゲーム系の屋台の景品に見とれていて、それに俺たちが気づかないで他のところへと2人で行ってしまったのだ。気づいた時にはもう既に時間が経っていて、あちこち辺りを探しまくったのを覚えている。参道だけでなく、その外の木々の中とか、神社の裏とかも探したけれど、結局見つからなくて……


「うんうん、で、ようやく見つかった澪が大泣きして大変だったなぁー……」


「あやすのにすっげー時間かかってたっけ」


 そして結局、鳥居のところでポツンともう半泣き状態で立っていたのだ。そして俺たちを見つけるやいなや、走って俺たちの方へとやってきて今では考えられないほどに声が上げて大泣きしていた。それをお姉ちゃんの渚と、俺も一緒にあやして……だけれどよほど寂しかったのか、それでも泣き続けてすごく時間がかかっていたような気がする。それから3人でしっかり手を繋いで家へと帰ったのであった。


「そうそう――」


 そんな思い出話に花を咲かせながら、俺たちは屋台を見て回って歩いていた。ゲーム系を中心にやっていったりして、楽しい時間を過ごしていた。ただ、残念ながら澪には出会うことはなく、最終的に神社の入り口まで会うことがなかったので俺たちは探すのを諦めることになった。澪ももうあの時とは違って子供じゃない。言い方悪いけど、家にだってちゃんと1人で帰れるはずだ。だから俺たちは一緒に帰ることとなった。家には俺たちの予想通りに、澪がもう帰ってきていた。事情を訊くと、『はぐれたから家に帰った』と予想通りの答えだった。とりあえず澪が無事だったことは幸いだ。それから夜も更けてきたので、俺たちはそのまま解散となり、それぞれの部屋で就寝することとなった。


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