63話「楽しい時を過ごすふたり」

「さて、何する?」


 ゲームセンターに入ってすぐに、俺は岡崎おかざきにそんなことを訊いてみる。


「2人でできるゲームがいいよねー」


「だと、対戦系かな? じゃあ、アレとかどうよ?」


 2人でプレイするゲームになると、自ずと対戦が基本になる。協力プレイってのもあるだろうけど、ゲームなんだし勝負したいところはある。でもガチすぎるのは岡崎がついてこれず、場の空気が冷めるだけ。なので俺は誰でもできそうなものということを前提に置き、筐体を指差す。


「もぐらたたき?いいよー」


 もぐらたたきなら誰にでもできるだろう。内容もそんなに難しくないし。ちょうどここの筐体は2人で対戦する用みたいだし。


「――れん、私女の子なんだから、手加減してよね」


 そしていよいよ始める、って時にそんな卑怯なことを言ってくる岡崎。


「えっ、ちょっ、それズルいぞー」


 『女の子なんだから』は流石にズルい。それ言われたら、絶対に手加減しなきゃいけなくなるから。しなかったらしなかったで、好感度下がるだけだし。


「ふふ、冗談。ていうか、このゲームに男女差なんてないでしょ」


「まあ、言われてみりゃそうか。んじゃ、本気で行くからな!」


 そう言っていよいよゲームが開始。ゲームは至ってシンプル。1人7個の穴から出てきたもぐらをハンマーで叩くだけ。後は30秒でどれだけ多く叩けたかで競う。


「うわっ、これ結構つかれんなぁー……」


 始めのうちはもぐらの登場する数も少なく、感覚も長いのでまだいいのだが、後半になってくると1回で何匹も現れてくる。それを目で追いながら、手を動かしてもぐらを叩く。これをずっと続けるので、割りと疲れてくる。しかも30秒という時間がこれまた長い。


「え? マジ!?」


 そして長い30秒が終わり、成績を見てみると、意外にも結果は岡崎の勝利だった。対戦中はもぐらの方にばかり目がいっていて、成績は見ていなかったがその結果は意外だった。しかも僅差とかのレベルじゃなく、だいたい10匹ぐらい差をつけられている。さっき『手加減して』なんて言われてた方が負けるなんて……正直ちょっと悔しかった。


「やったぁー! 私の勝ち!」


 対して岡崎は子供のようにはしゃぎながら勝利を喜んでいる。この笑顔が見れたなら、負けたのも悪くはないのかもしれない。


「くっそー負けたぁーでも、結構差開いたよね、得意なの?」


「ふふ、もぐたたき得意って何?」


 岡崎は軽く笑いながらそう聞き返す。


「ハハ、たしかに」


 負けた悔しさからか、それからも対戦系のゲームを岡崎と楽しんでいた。もしかすると割りと俺は負けず嫌いなのかもしれない。そんなことを思いながら岡崎と勝負して、勝ったり負けたりしていた。岡崎の勝った時の笑顔、負けた時の悔しそうな顔。いろんな岡崎を見れて、とても有意義な時間を過ごしていた。それから俺たちは適当に、ブラブラとクレーンゲームコーナー辺りを回っていた。


「――あっ、これ……」


 そしてストラップぐらいのぬいぐるみが置いてある筐体のところで、足を止める岡崎。


「ほしいの? 取ってやろっか?」


「え、いいの!?」


 俺がそう言うと、岡崎はまるで犬みたいにキラキラと目を輝かせながら俺を見つめる。それがよっぽどほしいとみえる。これは何が何でも取らなければと、俺は意気込む。


「まあ、とはいえないけど、これだったらたぶん……」


 そう言って俺はお金を入れてゲームを開始する。それはいかにも『こうして取ってください』と言わんばかりに頭に紐の輪っかがついている。なので、そこにアームがうまいこと入るように調節していく。そしていい塩梅あんばいの所でボタンから手を離す。すると、うまいこと右アームの先端が輪っかの中へと入っていく。そしてアームが閉じ、引っかかったまま持ち上がり、その勢いでするりと景品口に落ちた。


「すっごーい! 一発じゃん!」


 なんとか面子は保てたようだ。あれだけ見得を切っておいて失敗したら、面目丸つぶれだからよかった。俺は安堵しながら景品口からストラップを取り出し、それを岡崎に渡す。岡崎は嬉しそうにしながら、ストラップを見つめていた。


「よかったぁー」


「ふふ、ありがと、煉」


 岡崎は優しく微笑み、お礼をする。相手が相手なだけに、目を逸し照れてしまう俺がいた。


「ねぇ煉、最後にフォトクラ撮ろうよ!」


「え、恥ずかしいって」


「ふふ、いいからぁー」


 そう言って岡崎は手を引っ張り、無理矢理俺をフォトクラの場所まで連れて行く。なんか前にもこんなことがあったような気がする。俺は他人に見られないように俯きながら、カーテンを開けて中へ入っていく。当たり前だが、俺はほぼほぼこういうところには来ないので、全ての操作は岡崎に一任していた。そして一通り設定が終わったのか、機械から撮影の合図が流れる。なのでポーズを取る時間になるのだが、まあ撮ったことがないのでどうすればいいのかよくわからなかった。とりあえずそれっぽく柄にもなくピースをしてみる。もちろんプレビューが画面に表示されているので、つまりは自分のピース姿を自分が見ているのだ。もうなんかその姿が気持ち悪くてしょうがなかった。


「――れ、れれ、煉。ああ、あの、さ」


 そして数枚撮った後、岡崎がどこか歯切れ悪く話しかけてくる。


「ん、どした?」


「う、動かないでね!」


「え、お、おう」


 その意図がわからないが、俺はとりあえず指示に従う。するとモニタのプレビュー画面から、岡崎がこちらの方へ目をつぶり、俺の頬に顔を寄せてくるのがわかった。


「えっ、ちょっ!?」


 まさか、これはしてしまうのか。そこまで行ってしまうのか。というか行ってもいいのか。もう俺の頭はパニクっていた。内心はドキドキし、心臓もバクバクいっている。俺は固唾かたずんで、その岡崎を静かに待つ。


「――寸止めかよぉー……」


 もう頬まで後わずか、という寸前で止められ、そのまま撮影されてしまう。それに思わず落胆してしまう俺がいた。期待した俺がバカだった。いや、まあ冷静に考えればホントにするわけないんだが。もしかしたら、もしかするかもってね。


「えっ!?」


 その驚いたような声につられ、俺は岡崎の方へ顔を向ける。すると、とても驚いた顔をして、耳まで赤く染めている岡崎がいた。


「あっ」


 もしかしてさっきの口に出ていた?

それが岡崎の耳に入った?

だとすると、俺のしてほしかったこともバレてるわけで。


「あっ、えと……さっきのは気にしなくていいから」


 気まずい空気になりながらも、俺はそれを必死に和ませようとしてみる。 


「うっ、うん……」


 俯いて目を合わせようとはしない岡崎。そもそもしてきたのはあっちの方なのだから、嫌われるなんてことはないだろう。でもなんかこの気まずい空気はむず痒い。


「んで、これはどういう……?」


「え!? えとー……で、デコって……」


 どうやらこの撮影で最後だったらしく、筐体はデコレーション画面に入っていた。そして岡崎はそう言いながらあの例の寸止め画像に、『ハートマーク』をうまいこと俺の頬と岡崎の唇が隠れるように配置する。


「ああ、なるほど」


 つまり『キスしている』ように見せかけた画像を作りたかったわけだ。……いやいや、ツッコミどころ満載だぞ、これ。なぜ、どうして、何のために岡崎がこんなこと。結局これ、キス画像を作りたかったわけだし。でも本当にすることはできないから、錯覚でフェイクしたわけで。つーか、こんなこと友達クラスでもこのレベルのことはしないだろう。もうこれって――


「……ねぇ、こ、これ……貼ってね?」


 そんな思考を遮るように、そんなとんでもないお願いをしてくる岡崎。


「いやいやいや、これは流石にマズイでしょ!?」


 流石にこのクラスのものを、どこかに貼るのは危険だ。100%勘違いされる。だいたいこういうのは身近なところに貼って、いつでも見られるようにしておくものだし。身近なところに貼れば、他の人も目に触れる機会は多いわけだし。


「むぅ……」


 その否定的な発言に対する反発なのか、岡崎は俺の手を強く握る。そして頬を膨らませ、口を尖らせる。


「え、えっとー……」


 その姿は可愛いのだけれど、これただの『無言の圧力』だ。俺もどうしたものかと、ちょっと困り果てる。


「別に、目立つところじゃなくてもいいから……お願い」


 そんな折に、上目遣いでお願いをしてくる岡崎。今の俺はとことん岡崎に弱いようだ。それを見せられたら、なんでも許してしまえる。


「わかった。俺の部屋のどっかに貼っとく」


 バレなきゃ大丈夫だろう。部屋なら融通ゆうずうが利くし、特定の人間しか見れないように隠しておくこともできるだろう。なんだったらもう一層のこと修二しゅうじを部屋に呼ばないってのも手だし。


「うん、よろしい。じゃあ、そろそろ帰ろっか」


 気がつけば、もう割りといい時間。そろそろ終わりの時が近づいてきたようだ。


「おう」


 てなわけで楽しかった時間も終わり、俺たちは帰宅することとなった。この時期だからということもあるが、辺りはすっかり暗くなっており、月と街灯が数少ない光となっていた。バスから降りて、並木道までの帰り道。柄にもなく、一歩また一歩とその並木道がやってくるのが、なんとなく物悲しく仕方がなかった。


「煉、今日は楽しかったねー」


「そうだねーテスト明けってのもあるんだろうけど、久々にパーッと出来たわ」


「うん……でも、なんか、さ……」


 岡崎も俺と同じようなことを思ってくれているのだろうか、並木道のところに着いたところで立ち止まる。そして相変わらず繋いでいる手は強く、まるで離したくないと言わんばかりに握られていた。


「岡崎。よろしくな」


 でもよくよく考えれば、そんなに悲観的に考えることはないのだ。だって、俺たちは『明日』も一緒に遊ぶ約束をしているのだから。どうせ後、十数時間後ぐらいにはまた会ってるさ。


「ッ!? そ、そうだね! また明日!」


 さっきまでの暗い表情とは打って変わって、パーッと明るい表情になる岡崎。やっぱり岡崎の笑顔は可愛い。暗い表情より、明るいそれの方が何百倍にもいい。


「おう、じゃな!」


 俺たちは手を離し、互いの家の方向へと歩き始めた。今日は本当に楽しかった。また色々な岡崎が見れたし。まだ明日もあるってことが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。明日になればもっと違う岡崎が見れるかもしれない。もっともっと岡崎と仲良くなれるかもしれない。そんな岡崎とのやり取り一つ一つが俺にとっては幸せでたまらない。岡崎のことで頭がいっぱいになりながら、俺は熱が一行に冷めず、そのまま自宅へと着いてしまった。



 家に帰り、夕食と入浴を終わらせた後、またアルバム鑑賞会を始めていた。明日のこともあるので、早めに寝た方がいいのだろうけど、でも俺は早く答えを見つけたかった。たぶん答えを見つけることこそが、俺や岡崎にとって最も幸せなことなのだから。


「――あっ、これ……ッ!?」


 相変わらずボケーッとアルバムの写真を見つめていると、とある『1枚の写真』を見た瞬間、それは起こった。脳裏に痺れるような感覚が来たかと思えば、急に頭痛に苛まれる。その痛さは尋常じゃなく、思わず倒れ込み、悶えるほどだった。しかも最悪なことに、それが続く時間がとても長い。実際はもっと短いのかもしれない。でも俺にはこの時間が永遠のように長く感じられた。対処しようにもどうすることも出来ず、ただただ頭を抱えてうなることしかできなかった。


「はぁ……はぁ……ようやく終わったぁ……」


 呼吸を整えながら、何が起こったのか、状況確認してみる。すると、すぐさまその答えが返ってきた。そして改めてその例の写真を確認すると、読み通りの情報が脳内に浮かんでくる。


「やった、やったんだ!」


 記憶を取り戻したのだ。預けられる前の、失われた記憶を。母さんの名前、顔、そしてアイツとの記憶、全て蘇っている。そしてもちろん『アイツとの約束』も。


「そっか。『約束』ってアレのことかぁ……」


 まるで知恵の輪を解いたときの、スッキリとした達成感が溢れ出す。これで全ての引っかかりが解けたのだ。いやー本当によかった。そんなことを思ってると、ドアをノックする音が聞こえてくる。案の定、それは明日美あすみ。心配そう面持ちで部屋へと入っていくる。


「煉、大丈夫? 唸っていたみたいだけど……」


「ああ、大丈夫だよ。それよりも聞いてよ!」


「ん? どうしたの?」


「俺、記憶を取り戻したんだよ!」


「えっ、ホントに!?」


「ああ! 今まで思い出せなかったことが、思い出せるんだよ!」


 これほどまでに嬉しいことはなかなかないだろう。俺は今までにないくらいテンションが高かった。


「へぇー話してよ!」


「あっ……いいけど……期待はしないほうがいいよ」


 その瞬間、俺はさっきまでとは変わり、急にテンションダウンしてしまう。


「え、どうして?」


 それに対し、不思議そうな顔で俺を見つめる明日美。


「ちょっと悲しいお話だから」


「……いいよ、話して」


「うん、じゃあ――」


 俺は早速、おか……いやしおりとの思い出を語り始める。俺が記憶を思い出す要因となった、この栞と俺のの写真。そしてそこに写されている、2人の首から下げているDestino。それを貰った経緯、そしてこの写真が最後となった理由わけ。まずは俺が4歳ぐらいの頃、栞と出会った時に話は遡る――

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