62話「周りの勘違い」

 お店へと行く道中のこと。目の前から明らかに顔見知りな人がこちらの方向へと歩いてくるのがわかった。慌てて隣を歩く岡崎おかざきの方を見ると、残念ながら岡崎は気づいていない様子だ。ここで岡崎にその事を言って隠れるのも、たぶんもう遅いだろう。おそらくだけれど、その前方から歩いてくるヤツはもう俺たちに気づいている。だってあからさまにニヤニヤしながら、こちらへとやってくるんだもの。


「あれぇーれん! どうしたのぉー?」


 うざったい顔をしながら、俺たちに絡んでくるその少女――諫山いさやまなぎさ。俺と岡崎の顔を互いにチラッチラッと見ながら、ニヤニヤしている。


「お、おう、渚。別に、休みだから遊びに行こうってなっただけだって」


「ふぅーん。煉って異性の友達と手繋ぐんだぁーし・か・も……?」


 そう言われた瞬間に気がついた。俺たちはいつのまにか手を繋いでいたのだ。しかも恋人繋ぎ。


「こっ、これは……何でもねーよ……」


 そんな苦しい言い訳をして、俺は慌てて握っていた手を離す。恐ろしいことに、俺は岡崎と全く手を繋いだ覚えがなかった。しかも岡崎の方も俺とおんなじ感じの反応なあたり、あっちも覚えがないのだろう。つまり、だ。俺たちは無意識下で自然と手を繋いでいたということになる。これはとんでもなく恐ろしい事実だ。そんなことをすれば、当然この渚みたいに勘違いするヤツがいるのだから。それを無意識的に本能でしてしまっていたのだから。


「……ふぅーん」


 俺の顔をまじまじと見つめ、怪訝けげんそうな顔をして俺を怪しむ渚。


「な、何だよ……?」


 表では警戒するような感じで、平静を装ってはいるが、内心は焦りまくってどうにかなりそうだった。それに背中に嫌な汗もかいている。


しおり、確認するけど、これってデート?」


 渚は一通り俺を見つめた後、今度はターゲットを岡崎に変え、そんな質問をする。それはまるで事情聴取をしている警察のようだった。ホントに、このまま洗いざらいバラされてしまいそうな勢いだった。


「なっ!? そ、そそそ、そんなことないよ!?」


 もう分かりやすすぎるほどに動揺し、慌てふためく岡崎。これが犯人と警察なら、もう即逮捕だぞ。いくらなんでも動揺しすぎだって。


「落ち着け、岡崎。取り乱しすぎだ!」


 そう。俺たちは渚の考えるような関係ではないのだ。あくまでも『友達』関係。だから慌てる必要はない。冷静になってこの場を対処すればいいだけのことなのだ。だって、互いにやましい気持ちなんて一切ないのだから。そう言い聞かせ、俺は冷静に岡崎を落ち着かせる。


「だ、だだ、だって、煉!」


「煉? たしかこの間の時は付けじゃなかった?」


 ホントに警察のように一言一言に突っかかっていく渚。


「うっ……そ、そそ、それはっ……!?」


 痛いところをつかれて、いよいよ再起不能なほど取り乱している岡崎。もう口をパクパクとさせ、もはや芸人みたいに面白い状態になっていた。


「渚、それぐらいにしてやれ。岡崎が可哀想だ。俺の目を見ろ、『俺たちはただの友達だ』」


 でもこのままでは言わなくてもいいことまで言いそうなので、俺は助け舟を出してやることにした。渚に幼馴染の特権を利用し、嘘をついていないことを証明してみせる。


「まあ、嘘はついてないみたいね。でも大丈夫、あんたのお友達みたいに言いふらしたりなんてしないから」


 『おバカなお友達』――渚とは言え、散々な言われような修二しゅうじである。


「ならいいけど」


 こちらも嘘はついていないので、言いふらしたりはしないようだ。純粋に、本人が興味あった、というだけなのだろう。


「でも、煉は栞のことって呼ぶのね。なんか気持ち悪い」


 今日の渚はホントにとことんまで突いてほしくないところを突いてくる。ここらへんのことは、あの例の事情を知っていないとややこしい。説明するのも長くなるし、ダルい。ぶっちゃけ早く岡崎をこの場から離脱させたいし。


「あぁー俺、女子のことあんま名前で呼ばないからさぁー呼び慣れなくて」


「ま、同学年だと私たちぐらいだしね。今回はそういうことにしておくわ」


 『そういうことにしておく』――これが引っかかるが、それで一応は納得してくれた様子の渚。


「おう、じゃあ、俺たちそろそろ行くから」


「あ、煉。最後にちょっと耳貸して」


 俺たちがこの場から立ち去ろうとした時、渚がそう呼び止め、手招きする。


「ん?」


 俺は何の気なしにそれに従い、耳を渚の方へと差し出す。


「超お似合いカップルさん、末永くお幸せにね」


 すると渚はそんなことを耳打ちしてきやがった。しかも今までに聞いたこともないような、ウィスパーボイスで。


「はっ!? な、なな、何言ってんだよ!?」


 あれだけ岡崎に言っておきながら、俺も結局取り乱す始末。なんか今日は渚にしてやられてばっかりだ。


「ふふーん。いつかのお返しよ」


 得意気な顔をしたと思ったら、『アッカンベー』なんてしてくる渚。そう言えば同じようなことをクリパの時にした気がする。アレ未だに根に持っていたのか。ただ褒めただけなのにな。


「くっそぉー」


 悔しがりながらも、何も言い返せない自分がいた。そして結局、俺の完敗のまま、渚は街の人混みの中へと消えていってしまった。


「なんか、ゴメンな?」


 去った後、俺は俯いている岡崎にそう謝る。


「ううん。大丈夫。じゃ、いこっか」


 それにいつもの元気な笑顔で返事をする。そしてその後、岡崎はなぜか左手を差し出してくる。まさか、これは――


「え?」


 つまりそういうことなのだろうか。渚とあんなやり取りをした後もなお、それをしてもいいということか。


「てぇ……つなごっ……」


 もう死んでしまいそうなぐらい、その表情、声、仕草、全てが可愛くて仕方がなかった。俺はすぐさま右手を岡崎の左手に絡め、相変わらずの恋人繋ぎをする。握った手は熱く、変な話、冬にはちょうどいいぐらいの温度だった。それを受けて、目線を岡崎の顔の方へと上げていくと、その顔はもう真っ赤か。もう理性が崩壊しそうなほど俺はキュンと来て、幸せな空間に包まれていた。俺は必死にその崩壊を抑えながら、岡崎に店の案内を乞う。恥ずかしそうにしながらも、岡崎はそれに頷き、再び店へと向かうことになった。


「――ここだよ!」


 しばらくして慣れたのか、元通りになった岡崎がいつもの元気な感じで指をさす。そこは喫茶店だろうか。外装はそんな感じだった。


「喫茶店?」


「うん、そう! ここ最近できたばかりで、結構女子に人気なんだって」


「へぇー」


 そういうのには疎い俺は、その事実を初めて聞いた。放課後とかにこういうお店とかに行っているんだろうか。そんなことを思いつつも俺たちは店へと入り、店員さんの案内の元、席へと座った。内装はとても洒落ていた。シックな感じだが、各テーブルに可愛らしい小物が置いてあったりして、女子人気はありそうな感じだった。俺たちはメニューを見て、話しながら注文を決める。


「なんかカップル多いね、このお店」


 注文を待つ間、俺はそんな話を切り出す。店内に座っている客のほとんどが、おそらくカップルと思しき人たち。明らかにそれっぽい雰囲気で、イチャイチャしている。


「女子に人気あるからかなぁ?」


「あぁーカップルで一緒にってわけね」


「うん、そうじゃないかなー」


 そんな話をしながら、ふと思うこと。それはやはり男女が2人でいれば、そう思われるということ。つまり、それは俺たちも例外ではないわけだ。手を繋いでいた事実は置いておいて、周りから見れば俺たちもまた『カップル』に見られている。そんな真実とは違う勘違いってどこかモヤモヤしてしまう自分がいる。


「――あっ、そういえば木下くんってテスト大丈夫だったの?」


 そんな事を1人で考えていると、ふと岡崎がそんな話題を出してくる。


「え? ああ、『いけたかも』とは言ってたよ。結構勉強したから大丈夫だと思うけどね」


 俺も散々アイツの勉強に付き合って教え込んでやったんだし、大丈夫だろう。修二もちゃんと『やればできる子』だから。


「これ赤点だと、留年なんでしょ?」


「そうそう。でもアイツが留年って面白くね?」


「ふふ、そうかもね」


 そんな雑談をしながら俺たちは楽しいひと時を過ごしていた。


「――ねぇ、午後からどうする?」


 それから注文したものを食べながら、これからの予定を訊いてくる岡崎。


「んー適当にゲーセンでも行く?」


「あ、いってみたいかもー! ゲームセンターってあまり行かないから」


「んじゃ、そこ行くか」


 それから俺たちは食事を済ませ、会計を終え、喫茶店を後にした。そしてそこから以前凛先輩と行ったゲーセンへと向かうことに。もちろん、ゲーセンに行くということはそれだけ聖皇の生徒と出会う確率も増すことになる。だから、あの『勘違い』をされる確率も増えるわけだ。でもそんな確率のことにビビってばっかいてひるむよりも、今は気にせず岡崎との時間を楽しみたい。ここは前向きに考えようと思う。そんなことばっか気にしてたらキリがないし。それにもし見られて勘違いされたとしたら、もうその時はその時だ。俺はそう覚悟を決め、岡崎の手を取り、ゲーセンへと向かった。

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