19話「ふたりきりの時間」

 ――となればいいのだが、残念ながら俺たち『学年委員』はそうは行かず、まだ仕事が残っていたのだ。つまるところ、それは後片付けである。ただでさえバスケで暴れまくって疲労が溜まっているというのに、片付けまでやらせるとは鬼か。こんなの、最下位のクラスに罰ゲームとしてやらせれば面白いのに。そんな不満を胸に残しつつも、やらなかったらやらなかったでウチの委員長がまーた怒り狂って俺に説教なんかしてくるに違いない。だから俺はしょうがなく後片付けというかったるい作業を行っていた。


「そうだれん、ボール片付けてきてよ」


 そんな最中、なぎさが俺を見つけてはそんな面倒事を押し付けてきやがった。数ある学年委員の中で、どうしてわざわざ俺を選んでしまったのか。もちろん仲がいいよしみ、ってことなんだろうけど俺はその頼まれ事が嫌でしょうがなかった。


「えー、めんど……」


 だからそれが態度にも出てしまい、明らかに嫌そうにしながらそのまま断ってやろうかと思ったら、その刹那せつなに体育教師がその会話を聞いていたようでいかにも嬉々とした顔をして、じゃあついでにと体育館倉庫の整理まで頼んできやがったのだ。まるでサラリーマンみたいにどんどんと面倒事を押しつけられて、仕事が増えていく。渚のそれだけならまだしも、先生のその頼みは正直やりたくなかった。でも、先生には逆らえない。なので泣く泣く俺はその2人の指示に従うこととなってしまった。


「あぁー……だるいなぁー……」


 今から気が重くてどうしようもなかった。疲れているのに、さらに疲れることをやらされる。これは今朝みたいに、また寝坊して遅刻コースだろうか。2日連続はホント心臓に悪いからやめてほしい。


「大丈夫よ、後で助っ人を行かせるから」


 俺が気だるさを感じている時、渚がそんな天使みたいなことを言ってくれた。ただ助っ人というからには自分ではないのは間違いない。だから俺は心の底から『じゃあ、お前が来いよ』と思ったのは言うまでもない。ただ助っ人がいるのは助かる。1人よりは2人の方がまだいくらかマシだからな。そんなわけで、俺は先生の言いつけ通りにボールの入ったカゴを持って、体育館倉庫へと向かった。


「はぁー……かったりぃー」


 体育館倉庫は何故か体育館の外にある。俺は常日頃からこれは設計ミスだと思っている。体育館内に更衣室や、シャワールーム設置できたなら、それも設置できたろうに。それに俺は今はスポーツをした後で汗かいているからいいものの、外は冬の寒空だ。日が暮れだし、気温も下がり始めている。これを味わなければ体育館倉庫に行けないなんて、絶対おかしいと思う。なにを思ってこういう設計にしたのだろうか。俺はそん不満を抱きつつ、体育館倉庫へと入っていく。


「うっわ、きったね」


 体育館倉庫は俺が想像していた以上に汚れており、結構な時間がかかりそうだった。これは普段から整理整頓していない証だろう。全くもって気が乗らないが、やらなければ永遠に終わることが出来ない。だから俺は潔く諦めて、淡々と備品を整理していく。


「――あれ、助っ人さん?」


 しばらく整理をしていると、外の方から誰かが入ってくる物音が聞こえた。俺は作業を続けながらそう確認しつつ、その音のする方へと振り返える。


「うっ、うん。て、手伝うよ……」


 その助っ人さんというのはどうやら、渚の妹である諫山いさやまみおだったようだ。その格好が制服であるところをみるに、どうやら一旦着替えてからこの体育館倉庫に来たみたいだ。おそらく姉である渚の後片付けが終わるのを待っていて、その待つ間にこちらを『手伝ってこい』とでも言われたのだろう。そう思うと、ついつい同情してしまう俺がいた。やはり妹や弟というものは、姉の権限には逆らえないものなのか。


「なんだ澪か、おう頼むよ。とりあえず、そっちの方やっといて――」


 仮に姉の横暴によって手伝わされたのだとしたら、これから手伝ってもらうのはちょっと気が引けるが、この作業には何より人手はほしいので澪の言葉に甘えることにした。その指示を受けて、澪は俺が指差したところへ向かい始める。その瞬間のことだった――


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 突如として、俺たちの視界が奪われ、辺りは真っ暗になってしまった。突然の事態に何が起きたのかパニック状態になっていたが、すぐに冷静に落ち着いて状況判断を始める。どうやら俺たちこの体育館倉庫に閉じ込められてしまったようだ。きっと体育館倉庫の扉を誰かが閉めてしまったのだろう。それから少し時間が経つと、徐々に目が暗闇に慣れだして、なんとなくではあるが物の位置や澪が認識できるようになっていた。


「澪、大丈夫か?」


 なので、俺は澪の方に向かってそう確認を取る。急に暗くなったことでビックリして、何か怪我なんかしていないか少し不安だった。


「大丈夫だよ……」


 でもそれはいらぬ心配だったようで、澪は無事なようだ。それを聞いて、とりあえず俺は安心し、慎重に今度は俺が怪我してしまわぬように扉の方へと向かう。この扉にも他の教室と同じようにパスワード装置が取り付けられている。なので、開けるためにはパスワードが必要となる。これは通常4桁で、俺もその数字の羅列を覚えているのだが、それを入力したところでエラー音が鳴ってしまう。つまりは、元のパスワードではダメで、何者かによってここのパスワードが変更されてしまっているということだろう。これではもう、ただ外からの助けを待つしかないだろう。生憎あいにく、俺は今、外と通信する手段を持ち合わせていない。たぶん澪もさっきカバンを持っていなかった辺り、それは望み薄だろう。一応この倉庫には窓みたいなものが天井近くにあってそこから光が差し込んでいるが、明らかに通り抜けできるほどの大きさではなかった。


「しゃーない。助けが来るまで、マットにでも座ろっか」


 俺たちだけではこの状況はどうにも対処できないので、助けが来るのを待つことにした。きっと学年委員の人たちの誰かが俺に気づいてくれるだろう。そんな帰ってこないヤツを見捨てるようなヤツらじゃない。俺はそう信じて、とりあえずマットの置いてある所に2人で隣同士で座ることにした。


「俺たちって、つくづく運ないよなぁー」


 なんてついこの間『ロイヤルストレートフラッシュ』を初手で引いた男が、昔のことを思い出しながらそうボヤく。


「えっ、どうして?」


「だって、前もこんなことあったじゃん。アレって結構最近だったよね」


 たしかあれは夏前の6月の終わり頃だったろうか。これと全く同じ事件があった。澪も俺も互いが互いに『用がある』という理由で体育館倉庫に呼び出された。でも、用なんてものはなく、結局何者かの手によってさっきみたく閉じ込められてしまったのだ。呼び出しに来た人物がそもそも澪本人じゃない時点でおかしいことに気づくべきだったと、その時後悔したことをよく覚えている。その中でおおよそ1時間くらいだろうか、閉じ込められたままになっていたが、最終的にその日一緒に帰る予定だった明日美が生徒会終わりに俺を呼びに来たところ、教室にカバンは置いてあるのに下駄箱は内履きになっている点を不審に思い、探し出してくれたのだ。この時の犯人は木下きのした修二しゅうじ。しかもさらにムカつくのが閉じ込めた理由が『悪ふざけ』でやったそうだ。マジでぶん殴ってやろうかと思ったほど腹が立った。だが今回の件ではおそらく修二は犯人ではないだろう。アイツならもうとっくに帰ってるはずだし、あの時、さんざん明日美に叱られたのでもうりていることだろう。じゃあ今回は一体誰がこんなことをしたのだろうか。間違いなくこの状況からみて、故意犯であるのは間違いない。でも、その犯人に今の所心当たりはないのだ。


「……あのこと、覚えてたんだね」


「まあ、まだ記憶に新しいことだしな」


「そっかぁーッ…………クシュン!」


 ちょっとしみじみとした雰囲気でそう言ったかと思えば、女の子らしいとてもかわいいくしゃみをした。ここは外と気温がほぼ同じぐらいで、かなり寒い。それに加え女子はスカートと、かなり冷えるはずだ。


「ほら、これ着ろよ、寒いだろ」


 せめてでも少しの暖房になればと、俺は自分のブレザーをそっと澪にかけてあげようとした。


「あっ、いいよ 煉くんが風邪引いちゃうよ」


 だけれど、それを両手を左右に振って遠慮してくる澪だった。たしか前の時もこんなやり取りがあった気がする。デジャブってやつだろうか。


「いいって、それに俺は動いて今、体暑いから」


「っじゃ、お言葉に甘えて……」


 俺は一度は拒まれてしまったブレザーを、もう一度かけてやった。


「――あっ、ちょっとじっとしてて」


 かけてやった後、澪の髪にホコリがついていることに気がつく。たぶんここが汚れているから、その時についてしまったのだろう。俺はそれを取ってやろうと、澪の動きを制止させる。


「えっ、ちょっと煉くん!? どうしたの?」


 異常に慌てふためいている澪を無視して、俺はそのホコリを取ってやる。


「ほら、ホコリがついてたから」


 そして取ったところで、ようやく澪の質問にホコリを見せながらそう答えた。


「あっ、ありがと……」


 それを受けて澪は恥ずかしそうにうつむいて、黙り込んでしまった。そんな澪の姿を見て、俺は――


「……なぁ、澪」


 彼女の名前を呼ぶ。


「えっ、な、なな、何?」


 すると澪はこちらを不安そうに向いてくる。そんな澪を俺はそれをしばらく真剣な眼差しで見つめ続けていく。相変わらず赤い顔が、さらに赤くなっていき、耳も見てわかるほどに赤くなっていた。


「ど、どど、どうしたの? 見つめちゃって……」


 ただ何も言わずに見つめられている澪からすれば、一体全体何なのかと問いたくなるだろう。


「ううん、なんでもない」


 でも特に俺には用があるわけではなかった。呼んでおいて用がないとは、なんとも失礼な話である。でもその行為にはちゃんとした意味があった。言ってしまえば、それは『実験』のようなものだったのだ。俺の中に芽生え始めたこの『疑問』を解決するための実験。そしてその実験は見事に成功し、なんとなくその疑問が解決され始めている感じがした。ここに閉じ込められている意味、その犯人、そして――ただそれを根拠にするにはちょっとパワーが弱いので、恥ずかしそうにしている澪を他所よそに、俺は1人で考え事を始めていた。


「――なあ、澪」


 それからしばらくの沈黙が続いた後、俺は再び澪の名前を呼ぶ。


「……何?」


 対して澪は今度はちょっと警戒するような口調でそう言ってくる。


「昼休みの件だけど、その話の続きしてくれない?」


 そして今度こそはちゃんと用を持ち合わせていた。昼休みの時に渚によって中断されたあの話の、続きを聞こうと思ったのだ。たぶんそれを聞けば、より確かな根拠が得られるはず。


「あっ、うん、わかった。それがね――」


 澪の話によれば、今日澪はいつも通りの時間に起きて、いつものようにリビングに向かったのだが、いつもならそこで渚が弁当を作っているはずが、そもそも彼女の姿が見えず、だけれど朝食は済ませてある状態だったらしい。そのいつもとは違う状況を変だと思い、玄関先に行ってみるとバッチリと靴が残っていたのでまだ家を出ていないことがわかった。でもそうなると、余計に変になってきてしまう。澪はこの一連のことを不審に思い、渚の部屋へ行ってみたそうだ。するとなんと、渚は双眼鏡で向かいの俺の家を覗き見していたらしい。さすがにその行動には澪も引いたようで、何も言わずこっそりと部屋を後にし、自分の出かける準備を再開したらしい。おそらくこれは推論だけれど、渚は俺の部屋を覗いていたのだろう。渚の部屋は俺の部屋のちょうど直線上に位置していて、俺は面倒だからといつもカーテンを閉めていない。これらの条件が合わさったことで俺の出る時間がわかったということか。でも生憎あいにく、俺はその日に限って寝坊をしてしまい、いつもの時間になっても登校せず、結局遅刻ギリギリの時間まで待つことなってしまったと。


「へぇー、てかアイツまだアレ持ってたのか……」


 アレしてたのって、だいぶ昔のことだよな。それをまさかこんなことに使ってくるとはな。でも倫理的にどうなんだろう、それってば。これ立場が逆なら普通に犯罪で、逮捕されるわけだし。


「アレって双眼鏡のこと? あれ何か煉くんと関係あるものなの?」


「おそらくな。俺の予想通りなら、それと同じのを俺も持ってる」


「なんで?」


 そういえば、この話を澪にしたことってなかったけ。たぶん、この感じからすると知らないんだろうし。まあ、若干恥ずかしい、というか子供らしいことだから、渚のやつも言わなかったんだろうな。


「ああ、ほら、ここって15歳未満は携帯禁止だろ? だからガキの頃とか、夜に話したい時って不便なんだよ」


「あーそっか。家の電話だとお金かかるから、長電話には不向きだもんね」


「そうそう、だから俺と渚が考えた原始的な通信方法。それが双眼鏡」


「双眼鏡だけじゃコミュニケーションできなくない?」


 俺の説明不足が相まって、わけわからなくなっている澪。


「正確にはそれプラス、スケッチブックね。そこに話したい内容を書いて、懐中電灯かなんかで信号を送り、相手は双眼鏡でそれを見る。それの繰り返しってわけ」


 それにちゃんとした説明を加える。今思うと、ホントよくこんなことやっていたなって思う。面倒くさいことこの上ないだろう。でも、そんなことも子供ながらに考えた妙案だったんだろうなとも思う。


「へぇーホント原始的だね」


「まあね。ちょうど部屋が直線上にあったから、たまに寝れない時とかやってたんだ。まあ、結局子供だったから、やってたらすぐ寝ちゃうんだけど」


「ふふっ、そんなことしてたんだねー」


「ああ、たぶんそのやつを今も持ってて、それを今回に使ったんだと思う。俺の部屋、基本カーテン閉めてないし」


「ふうん、でもなんで煉くんに合わせたかったんだろうね。そこまで手の込んだことして」


 そこが俺も気になっていた。ここまでして俺と合わせる理由は何か。しかもそこまで、犯罪みたいなことまでして。しかも今日はヘタしたら自分が遅刻して、内申を下げるリスクまであったのに。そこまでして俺と登校したいのか。そうまでするのだから、何か確かな理由があるはずなのだ。


「うーん、なんなんだあいつは。そういやテンションもちょっと変だったよな」


「うん、私もそう思った……あっ、もしかして――」


 澪が何か思いついたその刹那せつな。外の方から光が差し込んだ。誰かが助けに来てくれたのだ。まぶししい光に目を細めながら、その助けた人を確認すると――


「2人とも大丈夫!?」


 今さっきまでウワサをしていた渚だった。渚は俺たちをを見て、心配そうに駆け寄ってくる。


「ああ、2人とも無事だよ」


「よかったぁー、あまりにも戻って来るのが遅いから心配したんだよ!」


 そんな心配している渚を他所に、俺は外へと出た。ここにいた時間はほんの十数分程度だろうに、何故か外の空気がとても懐かしく感じられた。俺はひとつ大きく深呼吸をし、その冷たい空気を肺の中へと取り込んでいった。そして俺はバッグを取りに行くため、体育館へと向かった。

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