17話「おかしな姉」

 かなり遅刻ギリギリだったが、なんとか間に合うことが出来たのはいいけれど、時間がギリギリだったせいで、一息つく間もなくすぐにSHRが始まった。朝からせわしない俺だった。それもこれも寝坊した俺が悪いのは間違いないのだけれど。


「――今日の6限はレクをやるから、5限が終わったらみんな体操着に着替えるように」


 先生が今日の予定を話す中で、レクリエーションのことについて触れ、そう指示を出した。どうやら体育館でクラス対抗のバスケとバレーをやるそうだ。俺はそれでそういえば以前の委員会でもその話をしていたな、と思い出す。だけれど俺はボケーッと聞いていたこともあって、今日だということもすっぽりと頭から抜けていた。でもレクで普通の授業が潰れるのは、俺たち生徒にとってはとても嬉しいことだった。


「あっ……」


 だけれど、ふと俺はあることに気がついてしまう。レクのための体操服がないのだ。運が悪いことに、今日は体育がない。だから普段なら持っていかなくてもいいところに、今日はレクがあった。しかもレクは学年全員で行うので、誰かから借りることもままならない。ましてや先輩や後輩から借りるなんて、もっとムリだ。しょうがないけれど、どうやら制服でやることが確定してしまったようだ。動きづらいことこの上ないだろうけど、そこまでガチでやることもないだろう。そう気楽に考えながら、先生の話を聞いていた。


 そしてSHR終わり、いよいよ1限が始まった。のはいいのだが、未だに疲れがとれていないのか、はたまた朝から走って疲労が溜まったのか、いずれにせよ俺は授業中、しかも1限から眠たくてしょうがなかった。意識はほとんどなく、船を漕ぎながらウトウトと眠りという快楽と現実の狭間で戦い続けていた。それが精一杯で、ノートは当然書いているわけもなく、後で汐月しおつき辺りにでも頼んで写してもらう必要性が出てきてしまうこととなった。もちろんこれは自業自得であるのは間違いないのだが、面倒なことになってしまったなと気だるさを感じていた。それから午前の授業を経て、いよいよ時は昼休みとなった。この気持ちを切り替えて、俺は諫山いさやま姉妹のところへと向かう。


「――おっ、きたきた!」


 お隣さんである3組の教室へと歩いていくと、ちょうど廊下のところで諫山姉妹が2人して俺を待っていた。なぎさが俺に気づいたみたいで、腕を高く上げて手招きしながら自分の場所をアピールしていた。


「よっ、じゃあ行くか」


「うん、ほら、みお行くよ」


「あっ、うん」


 学食は本校棟の一階にある。ここは本校生のための学食で、付属生はまだ給食なので教室でみんな揃って食べているのだ。ぶっちゃけ、作られた昼食が出てくるというのは俺からすればとても羨ましいことだった。毎日のように弁当を作ったり、昼食を買いに行ったり、こうして学食に食べに行くという労力をはぶけるのだから。本校生になってからというもの、たまに付属生がそんなふうに羨ましく思うことがあった。そんなことを感じながらも、俺たちは雑談しながら食堂へと入っていく。


「じゃあ私席とっておくから、二人で買ってきて」


 入って早々に、渚は空いている席のほうを指さしながらそう言った。さほど混んでいる様子もなく、席もだいぶ空いてるようだが渚は席取りをしておいてくれるようだ。


「りょーかい、お前はなにすんの?」


 それはつまり、『私の分の食券も買ってきておいて』という意味だ。これも幼馴染の特権だろうか、俺には渚のその言葉の裏までわかってしまうのだ。まさに長い付き合いから来るものだろう。こういうのはムダな言葉を浪費しなくていいから、助かる。


「Aランチでいいよ」


 渚は俺の質問に、ド定番のAランチを選択した。メニューもまだ見ていないから、安牌を取ったのだろう。渚はそれから自分の財布を取り出し、そこからAランチ分のお金を俺に預ける。俺はそれを落としてしまわないように、しっかりとポケットの中にしまい、


「分かった、じゃあいこっか、澪」


 澪にそう合図して、券売機へ向かうことにした。


「えっ、ああ、うん」


 そして俺たちは券売機の待機列に並んだ。だけれど、これは常々思っていることだけれど、今のこのご時世に未だに券売機を使って『食券システム』をやっている学校はここぐらいじゃないだろうか。どうしてこの古臭いシステムを使っているのだろうか、さっさと別のシステムに変えてしまえばいいのにと俺は思う。例えば、4限目に前もって頼んでおいてお昼になったら、後は料金を払って受け取るだけとか。そうすればもっと回転効率はよくなるのに。とはいっても今日はさほど混んではないけれど。たぶんこれは推測でしかないけれど、クリパの準備で忙しいからわざわざ学食に足を運ばず、弁当やコンビニや購買で買ったものを食べているのかもしれない。そんなふうに考えを巡らせていると、俺たちの順番が回ってきた。


「澪、先に選びなよ。俺は渚の分もあるし」


 俺の方は2人分の支払いがあるので、先に澪に譲ってあげた。


「うん、ありがとね」


 澪もそれに感謝しながら、先に購入し、カウンターの方へと足を進めていった。それに続いて俺も券売機で2人分の食券を購入し、俺の食券を学食のおばちゃんに渡した。それから少しの間、澪と雑談でもしながら待っていると、俺たちの昼食が出来上がり、おぼんに乗せられて登場した。それらを受け取って、俺たちは確保してくれた渚の席へと向かう。


「おっ、きたきた、こっちこっち!」


「わかってるよ、ほれこれ」


 俺はそう言いながら、一旦俺の食事を机に置き、渚に食券とお釣りを手渡す。そして渚はそれを手にして、そのまま何故か俺の俺の向かいの席に座った。まだ、Aランチを受け取りに行っていないのにも関わらずだ。俺はその行動を不思議に思い、首をかしげる。


「あー、澪はれんの隣に座って」


 その渚の謎の行動につられるかのように、澪も渚の隣の席に座ろうとすると、またまた何故か渚がそれを制止して俺の隣の席に座るように指示をする。その一連の行動に、さらに頭の中に疑問符が浮かんでいく。その意味不明な行動の理由を訊いてやろうかと思ったその矢先に、さっさと渚はAランチを受け取りに行ってしまいタイミングを逃してしまった。なんとなく、俺としては姉妹が隣同士で座るのが普通だと思っていた。


「なあ、澪。なんか渚、朝から変じゃないか?」


 だからその行動がどうにも気になってしまい、俺は渚の背中を見つめながら、渚のことは一番よく知っているであろう妹の澪にその不可解な行動についてたずねてみることにした。


「そうそう。最近なんていうか、様子が変なの」


 やはり澪も俺と同じ違和感を感じていたらしく、俺のその質問に乗ってくる。


「やっぱ澪もそう思うか」


「うん、今日の朝も実はお姉ちゃん寝坊してなくて煉くんに合わせたんだよ?」


「ああーやっぱりあの寝坊は嘘だったか」


「え? 気づいてたの?」


「や、なんとなく、な。渚が寝坊したって言ってた時、嘘ついてるって分かってさ。でも実際に遅刻してるわけだし、なんで嘘ついてるんだろうって思ってたけど、そういうことか」


 渚が『寝坊した』と言った時点で、俺は渚の嘘を見抜いていた。昔から一緒にいる幼馴染だから、アイツの嘘は大体わかる。もっともこれは俺がわかるということは、渚もそして澪も俺の嘘もお見通しってことだけども。それはさておき、ならばなぜわざわざ渚は俺に合わせるようなことをしたのだろうか。またまた渚の言動に疑問が湧いて出てくる。


「そうそう。でね、しかもお姉ちゃん、今日わざとお昼のお弁当作らなかったの」


「わざと作らなかった? まさか、これしたいがためにってことか?」


 澪の話を聞いて、ますます渚が怪しくなってきた。でも仮に今日3人で昼食を食べたいなら、別に弁当を作ってもおかしくはないはず。もし学食の気分だったというのもあるだろうけど、でもだったら俺の方は弁当がある可能性を考慮しなければならないはず。アイツは俺が普段は弁当で、それを明日美あすみに作ってもらっているということは知っている。なら、今日たまたま弁当がないことなんて、賭けに出るようなもの。うーむ、渚の思惑がさっぱり分からん。


「分からない。だから私、お姉ちゃんの部屋に行ってみたの、そしたら――」


「なに、内緒話してるの?」


 と、いいところだったのに、突如としてそれを邪魔する者が現れた。


「わっ!」

「うわっ!」


 渚だ。まるで俺たちを驚かさんと、後ろから急に声をかけてきた。それに俺と澪は突然の事で、しかも話している内容が内容なので、思わず声をあげてしまった。とってくるの早くないか、と思ったのは言うまでもない。まだ話し始めてそう時間は経っていないはずなのに。


「渚、ビックリさせんなよー!」


「はぁービックリしたぁー……」


「ハハハ、ごめん、ごめん! 2人が仲良くこそこそやってたからさー」


「もう、早くメシ食おうぜ! 2人もクリパの準備とかあんだろ?」


 内緒話のことをそっと逸して、それを言及されるのを避けた。実際、渚には言いづらい話だし、渚に怪しまれるのはマズい。後でいくらでも2人きりになるチャンスはあるだろうし、そこで続きを訊こう。


「そーだね、早く食べちゃおう!」


 どうやら俺の作戦は成功したようで、それからさっきの内容は触れてはこなかった。それにしても今日は何か違和感だらけの渚だ。そんなことを思いつつ、ふと横目で澪の方を向くと、まるで『また後で』と言いたそうな目で合図を送ってきた。俺もそれに渚にバレないようにして合図を送り、あたかも何事もなかったかのように雑談でもしながら、諫山姉妹との昼食を楽しく過ごしていた。

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