16話「大遅刻」

12月20日(月)


「マズイ、マズイ、マズイ!!!」


 朝っぱらか俺はだいぶ焦っていた。昨日の疲れが溜まっていたせいか、すっかり寝坊をしてしまった。間に合うかどうかギリギリなレベルだ。おそらく明日美あすみは生徒会で忙しく、起こす暇もなかったのだろう。こうなるとやはり自分の力だけで起きなければならないので、朝の弱い俺にはすごく大変だ。そんなことを考えつつ、さっさと制服に着替え、パパっと朝食を食べてしまう。そしてきっちりと家に鍵をかけ、走って学園へ向かおうとしたまさにその時、前の家から同じように急ぎ気味で出てくる2人の女の子がいた。


「ゲッ、れんじゃん……」


 諫山いさやま姉妹、姉の方は俺と目が合うや否や露骨に嫌そうな顔をしてきやがる。その目はまるで汚物でも見るかのような目だった。


「なんだよ、悪いのかよ」


 それにムッとして、ツンケンした態度で言い返す。


「だってさ、あんたがいるってことはもうほぼ遅刻確定じゃん……」


 現実問題、なぎさの言っていることは正しい。このままもたもたしていては間違いなく遅刻するだろう。それにしても諫山姉妹がこんな時間にいるのはすごく珍しい。確か、いつもならもっと早く出て行ってしまうはずなのに。


「んなの、分かんないだろ?」


「分かるわよ。はぁー……今日はついてないかも……みお、こんなの置いて早くいこ!」


 渚は大きなため息をつきつつ、澪と共にさっさと走って行ってしまった。なんか異様に渚がイラついている気がする。俺が何かしたのだろうか。全くもって心辺りはないのだが。


「あっ待って、お姉ちゃん!」


 いや、そんなこと考えてる暇はない。急がないと俺も遅刻する。なので俺も走って学園へ向かうことにした。大方予想はついているが、たぶん俺が今から走っても余裕で諫山姉妹に追いつくだろう。彼女らは、特に渚は見た目に反して意外に運動ができない。澪はもはや見た目通りだろう。走るのが特に苦手で、息がすぐにあがる。そもそもスタミナがない。なので俺がちょっと軽く走っていると、並木道あたりで諫山姉妹に追いついてしまった。


「お先に失礼ー」


 俺は勝者の余裕を振るまいながら、わざとらしく諫山姉妹にそう告げ、通り過ぎようとする。


「あ、ちょっとッ! 待ちなさいよ!」


 渚が息を上げながら、手を伸ばし、俺に助けを求めてくる。手のひら返し、調子がいいとまでは言わないが、さっきとはまるで違う対応になんか違和感があった。


「……なーんつって、ほら早く行くぞ」


 だが、俺はこのままこいつらを置き去りにして、学園へ行くのは流石に気が引けるので、一旦そこで止まり、2人が来るのを待った。


「えっ?」


 諫山姉妹は意外だったのか、キョトンとした顔をみせていた。


「どうせ、お前たちだったらこうなるって分かってたし」


「うるさいなー大きなお世話よ」


 それに、ちょっと恥ずかしそうに俺にあたる渚。


「それにもうここまで走ったら、多分歩いても間に合うよ」


「なんで、そんなのわかんの?」


「勘……かな?」


 しかし実際、勘などではない。だいたい明日美が忙しい時はこんな感じだから、だいたい感覚が分かるのだ。


「嘘おっしゃい、明日美先輩がいない時はいつも寝坊してるんでしょ」


 俺の嘘は渚にいともたやすく見抜かれていたようで、ジト目で俺にそう言ってくる。


「な、なわけないねーだろ!」


 図星をつかれて、ちょっとドキッとしている自分がいた。流石は幼馴染ってやつか。無駄に長年一緒にいるだけのことはある。


「いまどき、お姉ちゃんいないと起きれないなんて……プッ」


 渚は俺を小馬鹿にするような口調で、口を手を当て、そんなわざとらしくムカつく笑い方をする。


「……助けようとした俺がバカだった、じゃなー」


 そのわざとらしい仕草に腹が立ち、俺は手を振って走りだす仕草をする。


「あっ、ちょっと待ちなさいよ! ゴメンってば!」


「はぁー……分かったよ。ほら澪も行くぞ」


「あっ、うん」


 澪は小さな声でそう言い、頷く。それから俺たちはゆっくりと歩き始めた。周りには結構、聖皇せいおうの学生がいる。このままだったら、ほぼ大丈夫だろう。


「それにしても、お前らがこの時間にいるって珍しいよな」


「ええと、ちょっと私が寝坊しちゃって……」


 俺の言葉に、気まずそうにしながら理由を述べる。だが、


「……渚も人のこと言えねぇーじゃん」


 渚の言った理由に、俺は違和感があった。でもここではあえてそれには触れず、話を合わせた。ただ澪も同じように遅刻したという可能性もあるけれど、そうじゃないとしたらそれに振り回される妹はたまったもんじゃないな。ホント、いい迷惑。


「しょうがないでしょー? ちょっと昨日は遅くまで起きてたから……」


 渚はそう言いながら、どこか眠そうな感じだった。手で口を抑えながら、欠伸をするような仕草を見せる。


「ふーん、澪はいい迷惑だよなー」


「えっ、全然そんなことないよ!」


 澪は両手を振りながら、否定する。


「そうか? もし、俺だったらおいてくけどな」


「澪は恥ずかしがり屋だから、私と一緒じゃないとダメなの、だから」


「まあ、それもそうか」


「それでさ、今日弁当も作れなかったんだよねーホントついてないわー……」


 そうか、弁当担当は渚だから、寝坊したら無いのか。澪は確か料理できなかったはずだし。姉に依存しているからとはいえ、やっぱり澪にとってはいい迷惑すぎると思うな。


「んじゃ、今日のメシはどうすんの?」


「んー、学食行こうかなって思ってるけど、ほら、購買は混むだろうし。煉は?」


 まあ購買は戦争って言われてるぐらい、ごった返すからな。特にこれに使命をかけているアホなやつらも多いし、人気なやつはそもそも買えないし。その点、学食は人は多いけど、好きなの食べられるし、争いもほぼない。女子2人が行くには適した場所だろう。


「俺? じゃあ、俺もメシないし、久しぶりに学食行こうかな」


 今日の明日美は珍しく、朝食だけしか作っておらず、弁当はなかった。もしかすると、相当生徒会の仕事が忙しくなってきたのかもしれない。俺のことも起こしてくれなかったし。それほど余裕がなかったのかも。


「じゃあ、一緒に行こうよ。2人より3人ってね」


「わかった。じゃあ、4限終わったら迎えにいくわ」


「うん、わかった」


 それから俺たちは他愛もない話でもしながら、学園へと向かった。

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